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梶川義人の虐待相談の現場から

梶川 義人 (かじかわ よしと)

様々な要素が絡み合って発生する福祉現場での「虐待」。
長年の経験から得られた梶川さんの現場の言葉をお届けします。

プロフィール梶川 義人 (かじかわ よしと)

日本虐待防止研究・研修センター代表、桜美林大学・淑徳大学短期大学部兼任講師。
対応困難事例、家族問題担当ソーシャルワーカーとして約20年間、特別養護老人ホームの業務アドバイザーを約10年間務める。2000年から日本高齢者虐待防止センターの活動に参加し、高齢者虐待に関する研究、実践、教育に取り組む。自治体の高齢者虐待防止に関する委員会委員や対応チームのスーパーバイザーを歴任。著書に、『高齢者虐待防止トレーニングブック-発見・援助から予防まで』(共著、中央法規出版)、『介護サービスの基礎知識』(共著、自由国民社)、『障害者虐待』(共著、中央法規出版)などがある。

名前のない家事

 最近「名前のない家事」という表現があることを知りました。炊事、洗濯、掃除などメジャーなものではなく、トイレットペーパーの交換や、ペットボトルのラベル剥がし、食事の前のテーブル拭きなど、名前はなくても必要不可欠な家事を意味するのだそうです。

 以前ご紹介した「玉突き法という発想」なども同じようなものかもしれません。変化させたいターゲットに影響を及ぼしそうな人を介してターゲットを変化させることを狙うのですが、分かりやすいだろうと「玉突き法」と呼んでいるだけで、正式な名前ではありません。

 先日亡くなられた野村克也監督は、こうした類の技をとても上手に使っておられたように思います。イチロー選手に伝わることを見越したうえで、あえてマスコミにイチロー選手を封じ込める策を喋ったというエピソードがあります。野村監督の狙いは的中し、監督の策を知ったイチロー選手は、知ったことがかえって仇となり、封じ込められてしまったといいます。

 「王や長嶋はヒマワリ、俺は月見草」という言葉を残した監督だけに、名前のない家事のような月見草的な技をも使いこなせたのかもしれません。対人援助においても、こうした監督のしたたかさは見習いたいものです。

 ところで、野村監督は、緻密な野球理論を持っていたことでも有名です。例えば、1ストライク1ボールならこういう攻め方。1ストライク2ボールならこういう攻め方。しかも、右バッターと左バッターで攻め方を違えていたといいます。

 監督は、緻密に理論を体系化していたようですが、このこともまた、対人援助者として大いに学ぶべき点であると思います。いわば名前のない家事的なものも含め、自分なりの理論を構築し、それを精緻化し続けるわけです。

 そのためにも、1事例だけでも良いので、上手くチームを動かして解決に導いた、と思えるような事例を経験したいものです。きっと、プロとして一皮も二皮もむけるのではないでしょうか。

 自己肯定感の高い人々はおしなべて、眼前に立ち塞がる問題への克服性と転換性と耐性が高いものです。逆に、自己肯定感の低い人々は、問題を克服できず、さりとて転換もできず、耐え続けることも出来ないところがあります。

 だからこそ、他者への要求・期待は膨らむ一方であり、要求・期待が満たされないとキレやすくなります。ですから、プロとしての自己肯定感を高めないと「◯◯が動いてくれない」と嘆くばかりになります。

 どうも私たちは、メジャーでヒマワリ的な家事の技を磨くことにばかり注力するだけでは足りず、マイナーで月見草的な家事の技も忘れずに磨かないといけないようです。

「マスクの買い出し行列…」
「並ぶのも名前のない家事!?」