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梶川義人の虐待相談の現場から

梶川 義人 (かじかわ よしと)

様々な要素が絡み合って発生する福祉現場での「虐待」。
長年の経験から得られた梶川さんの現場の言葉をお届けします。

プロフィール梶川 義人 (かじかわ よしと)

日本虐待防止研究・研修センター代表、桜美林大学・淑徳大学短期大学部兼任講師。
対応困難事例、家族問題担当ソーシャルワーカーとして約20年間、特別養護老人ホームの業務アドバイザーを約10年間務める。2000年から日本高齢者虐待防止センターの活動に参加し、高齢者虐待に関する研究、実践、教育に取り組む。自治体の高齢者虐待防止に関する委員会委員や対応チームのスーパーバイザーを歴任。著書に、『高齢者虐待防止トレーニングブック-発見・援助から予防まで』(共著、中央法規出版)、『介護サービスの基礎知識』(共著、自由国民社)、『障害者虐待』(共著、中央法規出版)などがある。

トロは全部捨てていた!?

 「脂がのっている」と聞いて、私は真っ先に魚や肉を思い浮かべます。それも決まって「美味しい」というイメージを伴ってです。同様の方は多いのではないかと思いますが、日本人はあることをきっかけに脂を好むようになったのだそうです。

 私はテレビ番組でその事情を知ったのですが、きっかけは江戸時代にあったマグロの記録的な豊漁だそうです。それまでは、脂の部分は日持ちが悪いので、食べずに捨てていたといいますからビックリです。

 ところが、余りにも豊漁だったために、「さすがに捨てるに忍びない」ということで、脂を美味しく食べられるように工夫しました。「ねぎま鍋」などです。以降、皆が脂ののった部分も食べるようになったといいます。

 そして、脂は人間の味覚(甘み、塩味、酸味、苦味、うま味)をパワーアップさせるため、私たちはマグロをより美味しく感じるようになったようです。どうりで脂だけを食べても美味しくないわけです。

 また、脂は炭水化物やタンパク質よりずっと高カロリーなため、人間の活動に絶対必要なカロリーを効率よく摂取するにはもってこいです。明治になり、乳製品や牛肉など脂を食べる機会が増えると、日本人は美味しいうえにカロリー摂取にも優れた脂をますます好むようになっていきます。

 私はこのような話を聞いて本当に驚きました。皆マグロが大好きな今となっては、本マグロの大トロなど値段が高すぎてなかなか食べられません。それなのに江戸時代にはトロの部分を全部捨てていたのですから。

 それにしても、今を当たり前とする無自覚のフィルターを通してものを考えるのは、とても危ないので気をつけないといけません。私は単純に、「魚好きの日本人なら、今よりずっと自然の豊かな江戸時代には、さぞやマグロを堪能していたことだろう」と考えてしまいました。冷蔵や冷凍の技術の発展をすっかり忘れてです。

 研究開発の分野では、「今良いものは将来駄目になり、今駄目なものが将来良くなる」と言われることがあります。日本人が脂好きになった経緯はある一面、これを地で行くようなエピソードです。

 考えてみれば、私たちは生活のなかで、小さからぬ変化を数々経験している筈です。ところが、「今を当たり前とする無自覚のフィルター」を通してものをみるため、「当たり前ではなくなった」ことに余りに無頓着なのかもしれません。

 この無頓着さの持つ危うさは、虐待問題への取り組みについても当てはまるのではないでしょうか。今、注目していることが将来は見向きもされなくなり、今ノーマークの部分が最重要視される時代が来るかもしれない、というわけです。

 ですから、私たちはこれらをキチンと見極めていく必要があります。確かに先のことは正確に読めないかもしれません。しかし、せめてマグロのトロを大量廃棄するようなことにはなりたくないものです。

「随分恰幅良いねぇ!」
「江戸の昔の豊漁のせいニャ」