梶川義人の虐待相談の現場から
様々な要素が絡み合って発生する福祉現場での「虐待」。
長年の経験から得られた梶川さんの現場の言葉をお届けします。
- プロフィール梶川 義人 (かじかわ よしと)
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日本虐待防止研究・研修センター代表、桜美林大学・淑徳大学短期大学部兼任講師。
対応困難事例、家族問題担当ソーシャルワーカーとして約20年間、特別養護老人ホームの業務アドバイザーを約10年間務める。2000年から日本高齢者虐待防止センターの活動に参加し、高齢者虐待に関する研究、実践、教育に取り組む。自治体の高齢者虐待防止に関する委員会委員や対応チームのスーパーバイザーを歴任。著書に、『高齢者虐待防止トレーニングブック-発見・援助から予防まで』(共著、中央法規出版)、『介護サービスの基礎知識』(共著、自由国民社)、『障害者虐待』(共著、中央法規出版)などがある。
編集者冥利
巨匠と呼ばれたある漫画家のエピソードを聞いたことがあります。真偽のほどは分かりませんが、とても印象的だったのでよく覚えています。
ある日、弟子が師匠である漫画家のもとを訪れます。賞に応募するために描いた作品について、アドバイスを貰うためです。漫画家は、弟子の画稿を一通り読むと、それを床にばら撒き、弟子に拾うように命じました。
頁番号はまだふられていなかったため、弟子は一枚ずつ確認しながら順番を考えて並べないといけません。いくら師匠でも少し酷くはないでしょうか。
ところが、画稿を並べ終えた弟子は意外なことを言います。「先生、頁の順番を入れ替えたら、前よりずっと面白くなりました」。漫画家はそこで「君、それが構成だよ」と言った、というエピソードです。
印象的だったのは、対人援助者として駆け出しの頃に、面接の録音を文字起こししてスーパービジョンに臨んでいたことを思い出したからです。録音を聞きながら文字を追ううちに、スーパーバイザーの「はい、そこで止めて」という一言で、やり取りが始まります。
「ここで、何故、貴方から話題を変えたの?」「この話題についてはもう十分分かったと思ったからです」「でも、クライエントは変わった話題に関心がないようだよね。この後、言葉が少なくなっているもの」「はい、確かに」「クライエントは、前の話題についてもっと話したかったんじゃないかな」「そうかもしれません」「クライエントの心の水は十分空けないとね」
こうして、私の一言が面接全体の構成を大きく変えることを知り、どうすれば面接をクライエントに役立つ構成にしていけるか学んでいきました。現在・過去・未来を行ったり来たりしながらも、最終的に、クライエントとその関係者の満足を得られたら「良い構成」だったと言えます。
漫画なら、作家の才能が発揮されて、読者が面白いと思う作品へと昇華していく過程とでも言えるでしょうか。現在・過去・未来を行ったり来たりする数々の場面の連なりが、作家と読者に満足をもたらすなら「良い構成」です。
ところで、人間関係に目を向けると興味深いことに気づきます。それは、漫画家には担当編集者がついている点です。私には、編集者が作家と読者のマッチングのために働いているように映るのですが、同様の構図は対人援助にもあるようです。
すなわち、クライエントを作家だとすると、対人援助者はその担当編集者であり、作家と二人三脚で、作家の関係者(漫画なら読者)とのマッチングを図ろうとするからです。
だとすれば、対応困難な虐待事例に対応する対人援助者は、偏屈な作家と気難しい読者のマッチングに悩む編集者、といった役回りなのかもしれません。そして、この困難なマッチングをなしとげ、作家と読者がともに満足したとき、ようやく「編集者冥利に尽きる」のだと思います。
「今作も駄目なら担当辞めます…」