梶川義人の虐待相談の現場から
様々な要素が絡み合って発生する福祉現場での「虐待」。
長年の経験から得られた梶川さんの現場の言葉をお届けします。
- プロフィール梶川 義人 (かじかわ よしと)
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日本虐待防止研究・研修センター代表、桜美林大学・淑徳大学短期大学部兼任講師。
対応困難事例、家族問題担当ソーシャルワーカーとして約20年間、特別養護老人ホームの業務アドバイザーを約10年間務める。2000年から日本高齢者虐待防止センターの活動に参加し、高齢者虐待に関する研究、実践、教育に取り組む。自治体の高齢者虐待防止に関する委員会委員や対応チームのスーパーバイザーを歴任。著書に、『高齢者虐待防止トレーニングブック-発見・援助から予防まで』(共著、中央法規出版)、『介護サービスの基礎知識』(共著、自由国民社)、『障害者虐待』(共著、中央法規出版)などがある。
ささくれ立つ心
1年前には世界ランキング72位だったのに今や世界ナンバーワン。プロテニスプレイヤーの大坂なおみさんの大活躍はあまりに凄く、狐につままれているようにさえ感じます。とりわけ私は、記者のインタビューに答えて、3歳児から5歳児に成長したという、そのメンタルな部分での変化に注目しています。
というのも、このブログでご紹介した「二次感情」を見事にコントロールできるようになったと思うからです。以前なら、思い通りにいかないとラケットを投げつけていました。二次感情が生じてしまったからです。
しかし、全豪オープンの決勝戦では、第2セットで大逆転を許してしまい涙をみせていたのに、第3セットに入るとまるで別人のように冷静で、表情は落ち着き払っていました。顛末は、数多のニュースで放映されたとおりです。
ここまで見事に二次感情をコントロールできるのに、ご本人は「5歳児くらい」とおっしゃるのですから、私については言うまでもなく、虐待者もみな3歳児以下なのかもしれません。
ところで、虐待者の場合、劣等感から他者への期待が生まれ、それが強まって命令になり、果たされないと二次感情が生じるという流れがあるのですが、実は、これによく似たストーリーを思わせる事件が立て続けに起こっています。
一つは、「あおり運転」の数々です。被害者の正当な行動、たとえば車線変更やモラルに欠けた駐車などにキレるというストーリーでしょうか。二つは、教師が生徒に暴力を振るう事例です。多くの場合、教師は生徒の態度が気に入らずにキレるようですが、もっと複雑な事例もあります。
たとえば、以前から教師と生徒間の確執があり、生徒による侮辱的な言動に対して教師がキレるような例です。おそらく、確執の段階では生徒の側にも二次感情が生じていますから、まさに二次感情と二次感情の全面対決の様相を呈しています。
これらのストーリーを考え合わせると、一つのキーワードが見えてきます。それは「トラウマ(心の傷)」です。劣等感も劣等感の裏返しの優越感も、それを抱くようになるのは、トラウマになる体験をするからです。
そのため、たとえ非があると認めている人でも、トラウマを抱える人に向けられる正論は、彼らには大きな負の刺激になります。そして、この負の刺激から身を守ろうとしてキレたり不正を正当化したりします。
認知症などでコミュニケーションに支障がある人達の示す興奮や攻撃性も、以前に負ったトラウマが刺激された結果だという説もありますから、案外仕組みは似ているのかもしれません。
だとすれば、トラウマの観点から生活歴に注目してみると、二次感情の発生を抑えるヒントが隠されているのかもしれません。なるほど「心がささくれ立つ」というのは上手い表現です。
「お前が飼い主なこと!」