メニュー(閉じる)
閉じる

ここから本文です

梶川義人の虐待相談の現場から

梶川 義人 (かじかわ よしと)

様々な要素が絡み合って発生する福祉現場での「虐待」。
長年の経験から得られた梶川さんの現場の言葉をお届けします。

プロフィール梶川 義人 (かじかわ よしと)

日本虐待防止研究・研修センター代表、桜美林大学・淑徳大学短期大学部兼任講師。
対応困難事例、家族問題担当ソーシャルワーカーとして約20年間、特別養護老人ホームの業務アドバイザーを約10年間務める。2000年から日本高齢者虐待防止センターの活動に参加し、高齢者虐待に関する研究、実践、教育に取り組む。自治体の高齢者虐待防止に関する委員会委員や対応チームのスーパーバイザーを歴任。著書に、『高齢者虐待防止トレーニングブック-発見・援助から予防まで』(共著、中央法規出版)、『介護サービスの基礎知識』(共著、自由国民社)、『障害者虐待』(共著、中央法規出版)などがある。

三択肢マジック

 相手と交渉するとき、選択肢を出してどれか1つを選んで貰うことがあります。主体性が弱いなど、自由に考えることが苦手な相手にはとくに有効です。しかし、選択肢同士を比較して自分にとっての損得が容易に勘定できないと、選ぶこと自体をやめてしまいます。それに、できればこちらの選んで欲しい選択をして欲しいところですから、それなりに工夫が必要です。

 私は、2択や5択より3択のほうが作り易いと思います。というのも、2つずつ選択肢を比較するとして、比較の回数は、2択1回、3択3回、5択10回になりますが、1回だと、相手の損得勘定が余りにも簡単で、こちらは誘導しにくくなります。さりとて、5回だと、相手の損得勘定は格段に難しくなってしまいます。ですから、丁度3回くらいが良い、というわけです。

 選択肢A・B・Cなら、AとB,AとC,BとCの比較をするわけですが、こちらの意中の選択肢が持つ、相手にとっての「お得感」を、分かりやすく演出します。虐待者との交渉なら、虐待者の行為とその結果(対応者がすること)を組み合わせ、虐待者の得るものを示す、といった寸法です。

 たとえば、息子が認知症の母とその持ち家に同居し、身体的虐待と経済的虐待(年金の搾取)を同時に行っている事例なら、以下のようになります。

 選択肢1:息子は、身体的にも経済的にも虐待を継続する。一方、支援者は母に成年後見人をつける。成年後見人は、土地家屋を処分したうえで財産管理をし、母は施設に長期入所する。すると、息子は、身体的にも経済的に虐待できなくなる。そして、土地家屋は相続できないし、住むところも探すことになる。

 選択肢2:息子は、身体的虐待は止め、経済的虐待は継続する。一方、支援者は母に成年後見人をつける。成年後見人は金銭管理をし、息子による年金の搾取をできなくするが、息子と母は同居を継続する。すると、息子は、経済的な虐待はできなくなるが、土地家屋の財産は相続できるし、住むところも探さなくてよい。

 選択肢3:息子は、身体的虐待は止め、経済的な利益を得ることは継続する。つまり、医療や介護の費用負担を含む母の生活費は確保し、余った金銭を息子が遣うことにする。一方、支援者は、余った金銭を息子が遣うことを「贈与」として捉え、虐待事例とは認定せずに、通常の在宅介護サービス利用の事例として扱う。

 同様の事例なら、虐待者の選択は、多い順に選択肢の3、2、1となるように思います。私の印象では、3が7割、2が2割、1が1割といったところでしょうか。そして、2や1を選ぶのは、精神を病んでいるとか非社会性や反社会性の強い人物が多いように思います。

 いずれにせよ、こうした選択肢を考えることは、当事者の反応をみながら支援していくうえで、支援展開を整理することにつながりますから、使い勝手は良いのではないでしょうか。

姉「一人だけなんて選べない!」
弟「そう言うと思った・・・」