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梶川義人の虐待相談の現場から

梶川 義人 (かじかわ よしと)

様々な要素が絡み合って発生する福祉現場での「虐待」。
長年の経験から得られた梶川さんの現場の言葉をお届けします。

プロフィール梶川 義人 (かじかわ よしと)

日本虐待防止研究・研修センター代表、桜美林大学・淑徳大学短期大学部兼任講師。
対応困難事例、家族問題担当ソーシャルワーカーとして約20年間、特別養護老人ホームの業務アドバイザーを約10年間務める。2000年から日本高齢者虐待防止センターの活動に参加し、高齢者虐待に関する研究、実践、教育に取り組む。自治体の高齢者虐待防止に関する委員会委員や対応チームのスーパーバイザーを歴任。著書に、『高齢者虐待防止トレーニングブック-発見・援助から予防まで』(共著、中央法規出版)、『介護サービスの基礎知識』(共著、自由国民社)、『障害者虐待』(共著、中央法規出版)などがある。

公共財産からの深層学習

 高齢者虐待の防止でもようやく、死亡等の重大事例の検証が行われる道が開けそうです。認知症介護研究・研修仙台センター様が、厚生労働省の老人保健健康増進等事業として、このテーマの調査研究を行うことになったからです。

 しかし、高齢者虐待より一歩先を行くといわれる児童虐待の分野ですら、検証していない死亡事例のある地方公共団体は相当数あるといいますから(社会保障審議会児童部会児童虐待等要保護事例の検証に関する専門委員会「子ども虐待による死亡事例等の検証結果等について第13次報告(平成29年8月)」)、手放しでは喜べません。

 検証されない理由は、行政機関が関わった事例ではないとか、警察等からの情報が入らないなど、さまざまあるでしょう。しかし、取組みをより良いものにするうえで、事例検証は欠くべからざるものです。この意味で、事例は言わば貴重な公共財産なのに、どこかに埋もれていくなんて。

 本当に何とかならないものかと、つくづく思います。もっとも、検証が足りないわりには、成功事例は相当数蓄積されてきているのも事実ですから、ここはひとつ「伸びしろが大きい」と思い、自分をなだめることにします。

 こうしたこともあり、私は最近、AI(人工知能)の仕組みに興味を持っています。個別の虐待事例対応について、情報を入力したら即座に最善手を示すようなことが実現できないかと考えるからです。「20メーター先、右折です」というカーナビのように。

 テキストから筆者の性格を推定する”Personality Insights”などを利用してみると、本当に夢物語ではないかもしれない、と思えます。

 もっとも、非常に多くの事例データから何らかの法則性を見出すという、膨大な作業が必要になります。いわば、人力によるビッグデータを用いた深層学習といったところでしょうか。

 ところで、事例から学ぶといえば、ハーバード大学ビジネススクール(大学院)の授業で世界的に有名な「ケーススタディー」を思い起こします。同大学院のケーススタディーでは、教授が一方向に何かを教えるのではなく、教授は、学生が実例の書かれた資料をもとに事例検討していくのをファシリテートしていきます。なるほどこれなら、主体性は身につきますし、良いアイデアも生まれそうです。

 名工と謳われる人びとの「匠の技」には、「何と細かいところにまで気配りしているのだろう!」とか、「何という大胆な発想だ!」と、決まって感嘆するものですが、名工の修行に通じるものがあるように思います。

 虐待問題への取組みにおいても、もっと細かいところにまで気を配り、もっと大胆に発想したなら、改善や改革のヒントは山ほどありそうです。そして、ヒントの多くは事例が与えてくれますから、事例検証はヒント獲得の絶好の機会となります。

 人力による深層学習とは、案外、事例検証の積み重ねそのものなのかもしれません。

AI「検証会に行って…」
事例の担当者「行かないでッ!」