梶川義人の虐待相談の現場から
様々な要素が絡み合って発生する福祉現場での「虐待」。
長年の経験から得られた梶川さんの現場の言葉をお届けします。
- プロフィール梶川 義人 (かじかわ よしと)
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日本虐待防止研究・研修センター代表、桜美林大学・淑徳大学短期大学部兼任講師。
対応困難事例、家族問題担当ソーシャルワーカーとして約20年間、特別養護老人ホームの業務アドバイザーを約10年間務める。2000年から日本高齢者虐待防止センターの活動に参加し、高齢者虐待に関する研究、実践、教育に取り組む。自治体の高齢者虐待防止に関する委員会委員や対応チームのスーパーバイザーを歴任。著書に、『高齢者虐待防止トレーニングブック-発見・援助から予防まで』(共著、中央法規出版)、『介護サービスの基礎知識』(共著、自由国民社)、『障害者虐待』(共著、中央法規出版)などがある。
文脈が伝わらないと謎の地下空間ができます
厚生労働省の専門委員会による「子ども虐待による死亡事例等の検証結果等について(第12次報告)」が発表されました。2014年度の虐待死は44人で0歳児が6割を超えており、母親の「望まぬ妊娠」の果てであることが目立つそうです。
私は発表の資料読み、ずいぶん以前に、米国で働く日本人の児童家庭ソーシャルワーカーの話を思い出しました。当時、米国では、十代の妊娠が社会問題化し、ソーシャルワーカーたちは出前研修で避妊の知識普及に努めたといいます。というのも、十代で妊娠する人の多くは、愛情や承認の欲求に対する飢餓感が強いがゆえに人の温もりを忘我的に求めるが、知識がないために妊娠してしまう、と見立てていたからです。
しかし、虐待の世代間連鎖を断ち切り、虐待の発生予防を進めるには、十代の妊娠問題など、将来の虐待者予備軍とのいえる人々の声なき声に耳を傾けることを怠ってはいけないと思いますし、児童虐待の行為類型において面前DV件数の急増への対応のキモである気もします。
というのも、急増の背景として、面前DVが心理的虐待にあたるという認識の浸透が大きく作用しているとは思いますが、対応する児童相談所や市町村の人員配置数が不足していて、耳を傾ける人の不足も大きいのではないかと考えるからです。
そもそも虐待の問題はいずれも、いわば支援者にとっては強敵だと言えます。ですから、人員配置の積算根拠として、ランチェスターの第二法則にならい、「支援者数:事例数」ではなく「支援者数の二乗:事例数の二乗」と考えたいところです。
また、児童相談所、市町村、学校の連携不足のために、介入が不十分で痛ましい事態に至ることも少なくありません。とくに気になるのは、さして大事と思わなかったので連絡しなかったという場合でも、危機感の不足としては済まされない問題が潜んでいると思うからです。
それは、情報が危機感を抱かせない伝わり方をしているという懸念です。たとえば、「過去に虐待の既往があった」という客観的事実が情報として伝わっても、事例の全体的な文脈は伝わっていないため、何らかのアクションを起こすまでに至らない、といったことです。
俳優の角野卓造氏は、あるテレビ番組でのインタビューで、「橋田壽賀子氏の代名詞である長台詞を覚えるコツ」を問われ、「字面だけでは覚えられない。単語などを◯や□で囲い、文脈を明確にしたほうが覚えやすい」と答えておられました。
私が言いたいのは正にこの点です。客観的事実を聞いたとしても、事例の全体の文脈に位置づけられず「字面だけ覚える」に等しいなら、記憶に刻まれにくく危機意識も喚起されない、というわけです。
もっとも、限られた時間のなかで文脈も含めた事例をどう共有していくのか、些か難問なので、私も、A5サイズの紙半分に収まる物語を、情報通信技術を駆使して共有する方法を、あれこれ思案しています。