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梶川義人の虐待相談の現場から

梶川 義人 (かじかわ よしと)

様々な要素が絡み合って発生する福祉現場での「虐待」。
長年の経験から得られた梶川さんの現場の言葉をお届けします。

プロフィール梶川 義人 (かじかわ よしと)

日本虐待防止研究・研修センター代表、桜美林大学・淑徳大学短期大学部兼任講師。
対応困難事例、家族問題担当ソーシャルワーカーとして約20年間、特別養護老人ホームの業務アドバイザーを約10年間務める。2000年から日本高齢者虐待防止センターの活動に参加し、高齢者虐待に関する研究、実践、教育に取り組む。自治体の高齢者虐待防止に関する委員会委員や対応チームのスーパーバイザーを歴任。著書に、『高齢者虐待防止トレーニングブック-発見・援助から予防まで』(共著、中央法規出版)、『介護サービスの基礎知識』(共著、自由国民社)、『障害者虐待』(共著、中央法規出版)などがある。

りんな、りんな、りんな。

 小学校での英語教育は、もはや当たり前になっています。2020年度までには、小学3年生からの必修化と小学5年生からの教科化がなされるようですから、「英語の苦手な日本人」の看板をおろす日が来るのは時間の問題でしょうか。

 一方、2020年から小・中学校におけるコンピューター・プログラミング学習を必修化する検討もされています。ロボットや人工知能(AI)の技術を駆使して生産性を高めようとする「第4次産業革命」戦略の担い手を育てるという目論見でしょうか。

 しかし、ヘイトスピーチの問題や、差別的で攻撃的な投稿を繰り返して緊急停止することになった、Microsoft社の人工知能「Tay」の事例などを考えると、冒頭のような潮流を手放しで歓迎します、とは言えない気もします。

 ヘイトスピーチなら、それこそ言語能力の高さが仇になりますし、善悪の区別がないのでは、プログラミングを通して身につける論理的思考もまた仇となりかねません。

 もっとも、昨今の翻訳ソフトウェアは優秀で、私などは依存しっぱなしですし、日本マイクロソフト社の開発した「おしゃべり好きな女子高生」という設定のAI「りんな」を、TwitterやLineで稼働させたところ、彼女(?)を口説こうとするユーザーが続出して大人気という、誠に愛嬌のある話も聞こえてきます。

 要するに「ものは使いよう」なのでしょう。

 ところで、ロボット工学者の森政弘氏は、「不気味の谷」現象を提唱しました。人間がロボットに対して抱く好感度は、ロボットの外観や動作が人間らしくなるほどに高まりますが、「人間に極めて近い」といえる点までくると突然、嫌悪感を抱くようになり(これが「不気味の谷」)、さらに、人間と見分けがつかず「人間とまったく同じ」になると再び強い好感に転じるといいます。

 換言すれば、好感度の第1の高まりは「(人間である)自分との違いを楽しめる」状態、「不気味の谷」は「自分との違いが楽しめない」状態、第2の高まりは「自分と同じことを楽しめる」状態ではないかと思います。

 だとすれば、「りんな」は、私たちを第1の山と第2の山に誘い、「Tay」の問題投稿は、私たちを「不気味の谷」に陥れたのだ、と言えます。

 私は、相手を「不気味の谷」に突き落とさないように、「相手の立場にたって物事を考えらないと虐待者への道を歩む」という、虐待防止の教訓を活かすと良いと考えます。
 外国語ならコミュニケーションをとる相手の、プログラミングならソフトやアプリのユーザーの立場にたって物事を考えることを大前提にします。ディベートを用いた教育の方法として、あえて自分の意見とは反対意見のデイベーター(話し手)になることで、相手の立場に立つことを学ぶというやり方がありますが、この精神を活かすわけです。

 某自動車メーカーは、データ偽装のプログラムを自社開発していたそうですが、大不祥事の背景に、上司の立場に立つことはあっても、ユーザーの立場に立つ者が少なかったことを、よく象徴していると思います。

「私、綺麗?」
「自分から不気味の谷に入らなくても・・・」