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梶川義人の虐待相談の現場から

梶川 義人 (かじかわ よしと)

様々な要素が絡み合って発生する福祉現場での「虐待」。
長年の経験から得られた梶川さんの現場の言葉をお届けします。

プロフィール梶川 義人 (かじかわ よしと)

日本虐待防止研究・研修センター代表、桜美林大学・淑徳大学短期大学部兼任講師。
対応困難事例、家族問題担当ソーシャルワーカーとして約20年間、特別養護老人ホームの業務アドバイザーを約10年間務める。2000年から日本高齢者虐待防止センターの活動に参加し、高齢者虐待に関する研究、実践、教育に取り組む。自治体の高齢者虐待防止に関する委員会委員や対応チームのスーパーバイザーを歴任。著書に、『高齢者虐待防止トレーニングブック-発見・援助から予防まで』(共著、中央法規出版)、『介護サービスの基礎知識』(共著、自由国民社)、『障害者虐待』(共著、中央法規出版)などがある。

法の網目は事例研究で塞ぐ

 私がマニュアルの収集を半ば趣味にしていることは前回お伝えしましたが、実は、それ以上にこだわりがあるのは事例の収集です。量的な調査研究では分からなくても、質的な調査研究によって分かることも多く、事例の実態と対応の実情を踏まえるうえで、事例研究は欠かせません。

 その良き題材として、最近注目している事例があります。それは、障害者虐待防止法に基づき通報をした職員が、所属先の施設から名誉毀損などを理由に損害賠償を請求されるというものです。おそらく、2012年の障害者虐待防止法施行以来初めてだと思いますが、現在、二件起こっています。

 一件目は、通報先の市は虐待を認定のうえ改善勧告をしているが、施設側は「職員は報虐待道の取材に対して、他にも虐待があったと虚偽の説明をした」として、二件目は、通報を受けた市は虐待の認定に至っておらず、施設側は虐待を否定し「事実無根の中傷で名誉を毀損された」として、職員に対して損害賠償を求めています。

 行政による調査には限界があり虐待の認定に至らないことも多く、また施設等の訴訟を起こす権利を制限はできませんから、今後も同じような事例は発生する可能性があります。通報を控えて傍観者となる職員が増えるのではないかと懸念されています。

 そもそも障害者や高齢者の虐待防止法には、通報した職員に対する不利益な扱いを禁じる規定はありますが、施設等への罰則はなく、通報があったと分かると、虐待の当事者への対応はそっちのけで、「誰が通報したのか」探し出すのに躍起になるというのはよく聞く話でもあります。

 もっとも私は、この種の訴訟は内部告発に冷水をかけるばかりでない、という期待もしています。それは、たった一つの事例であっても、詳しく検討すると、今後どうすれば良いかを考える重要なヒントを得られるからです。

 たとえば法廷では、通報したことにより不利益な取扱いを受けるとか、証拠の隠滅をするとか、通報しないように圧力をかけるとか、内部で訴えても調査すらしないとか、外部からは窺い知れないような事実も、いろいろ明らかになります。

 そして判決が下されれば、内部告発の正当性というとよく引き合いに出される、公益通報者保護法(平成18年の4月1日施行)にある曖昧さ、たとえば、監督官庁が真実(虐待)だと信じられる根拠だとか、内部告発の目的が加害目的でないという判断について、少なくとも今よりは明確になります。

 こうして明らかになった事例の実態と、明確化された判断により対応の実情を知れば、今後どうすれば良いか具体的に考えることができます。まさに事例研究の面目躍如で、一歩前進です。

 東京都国民健康保険団体連合会様の「平成27年版 東京都における介護保険サービスの苦情相談白書」には、虐待を含む沢山の事例が載っていますので、それを題材に「事例研究」に取り組めば、立派な自家製「リスクマネジメント・マニュアル」ができると思います。

「法の網目はくぐるとも、漁の網目は塞いでおけ…」
「『密漁マニュアル』の引用ですネ!」