臼井二美男の 伴走者こころえ
――義肢装具士がめざす好循環――
事故や病気で足を失った人たちのために義足を作り続けて30年。義肢装具士として義足ユーザーたちの声に耳を傾け、「装う」「学ぶ」「遊ぶ」「表現する」「働く」「走る」など、生きる喜びや自信を取り戻せるように試行錯誤を重ねている。臼井流の「支える」ための努力、気遣いを伝えます。
- プロフィール臼井二美男(うすい・ふみお)
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公益財団法人鉄道弘済会 義肢装具サポートセンター 義肢装具研究室長・義肢装具士。
1955年群馬県生まれ。義肢装具士として義足製作に取り組む。89年からスポーツ義足の製作を開始。91年に、義足の人のための陸上クラブ「ヘルスエンジェルス」を創設。2000年のシドニー大会以降、パラリンピックの日本代表選手のメカニックとして同行する。他にも、義足アート、ファッション、大学との共同研究など、活躍の幅を広げている。
関連サイト
・鉄道弘済会義肢装具サポートセンターHP
・ヘルスエンジェルスHP
関連書籍
・『カーボンアスリート』山中俊治著 白水社 2012
・『義足ランナー』佐藤次郎著 東京書籍 2013
・『切断ヴィーナス』 越智貴雄 撮影 白順社 2014
第10回 マタニティ義足 ―妊婦さんの不安に応える―
このセンターではこれまでに10人ほど、妊婦さんのための義足を作っています。
一番問題になるのは、股関節部分から足がない人がはく「股義足」(こぎそく)を利用している妊婦さんの場合です。通常は、義足をしっかりと身体に固定するために、おなかにベルトをまわして留めています。しかし、妊娠するとおなかがどんどん大きくなり体型が変わりますし、きつく締めるわけにもいきません。かといって、留め方がゆるいと歩きにくくなるという問題があります。
おなかが大きくなってくるのは妊娠5か月頃なので、妊娠がわかってから少し時間の猶予があります。あわてずに、妊婦さんには新しいソケットの製作を市町村に申請してもらい、都道府県の判定を受けてもらいます。判定が下りる(妊娠の場合、下りないことはまずありません)センターへ来所してもらい、型採りをして、前の部分を大きく開けた、少しゆとりのあるソケットを作ります。その際、ソケットもできるだけ薄く作ります。前を留めるベルトは、主におなかの上部と下部で締めるようにして、柔らかい樹脂や厚いフェルト生地などでおなかを保護するようにします。
妊娠の週数が進むにつれて、おなかも腰回りも少しずつ大きくなります。はじめは2か月に一度程度、妊娠中期以降は月に1~2度、来所してもらって、ソケットを広げていきます。ソケットは樹脂製なので、熱で温めて形を変えることができます。また、妊娠すると徐々に重心が前に移動しますので、姿勢は後ろに傾いていきます。それに合わせて、股関節や膝、足部の角度の調整なども行います。
最初にマタニティ義足を考案したときは、おなかをなるべく締めないようにすることと、歩行の安定を両立させる目的から、肩から釣りベルトをして義足を固定していましたが、今は肩のベルトがなくても対応できるようになりました。ソケットの素材もかなり薄く加工できるようになり、軽量化も図っています。
妊婦さんたちの中には専業主婦もいましたし、フルタイムで仕事をしている女性もいました。「散歩や買い物ができてよかった」という人から、「産休直前まで満員電車で仕事に行った」という人まで、それぞれのペースで妊娠・出産を乗り越え、今は子どもを連れてセンターへ顔を出してくれます。こういう経験者たちの姿があるので、義足の若い女性たちにも「将来、妊娠しても心配ないよ」ということをあらかじめ伝えることができます。足をなくした女性や周囲の人の中には、漠然と「妊娠や出産は難しいだろう」と感じている人がいると思うので、義足でも大丈夫だということを多くの人に知ってもらいたいです。
今年は日本で働く外国籍の妊婦さんも来て、マタニティ義足を作りました。文化の違いから、おなかを締め付けることに強い不安を持っていたようですが、同じ義足で出産経験のある女性に来てもらって相談に乗ってもらいました。実績が増えてきたおかげで、当事者同士をつなぐこともできるし、義肢装具士をはじめ、看護師などのまわりのスタッフも、経験者の様子や意見をふまえて新しい利用者さんに関わることができるので、自信を持って妊婦さんに「大丈夫だよ」と言えるようになったと思います。