ルポ・いのちの糧となる「食事」
食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。
- プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)
-
出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。
第23回 在宅での歯科治療と口腔ケア、
摂食嚥下障害ケアの窓口「訪問歯科119番」(後編)
はじめに
在宅で療養している人、介護を受けている人が歯と口腔内のトラブルや「食べること」で困ったとき、トラブルの内容など必要なことを聞き、適した歯科医院を手配してくれ、必要に応じてケアマネジャーや主治医との連携もサポートしてくれる在宅歯科医療支援機構(以下、同機構)の「訪問歯科119番」について、前回に引き続きご紹介します。
前回は、「訪問歯科119番」の訪問診療のしくみと、運営理念についてうかがいました。今回は、同機構が在宅(訪問)歯科医療で最重要課題として取り組んでいることと、訪問診療以外の取り組みについて紹介します。
社会全体の利益になる「予防」
口腔ケア・口腔リハの普及をめざす
前回の記事でも述べた通り、在宅療養・介護の中で歯と口腔内のトラブルや「食べること」の問題は見過ごされがちで、重症化して、救急を要する段階まで放置されることが少なくありません。合わない入れ歯が外されて置きっぱなしになっている、口腔ケアが不十分、本人も介護者も誤嚥に気づかない、食事の形態が合わず食べる量が極端に減っているなど、他の問題につながるリスクが高い状態にあるケースはとても多いのです。
国は、とくに高齢者の口腔機能向上が不可欠として2006年度施行の地域支援事業と予防給付に「口腔機能向上プログラム」( 地域支援事業では「口腔機能向上事業」、介護保険サービスでは「口腔機能向上サービス」) を導入しました。そのためサービスは徐々に普及しているものの、
・口腔機能向上の必要性について、一般の認識が低い
・口腔機能向上支援の専門職が足りない
といった課題が未だあるとされています。
「訪問歯科119番にかかってくる電話のほとんどが急を要する重症で、『困り果てて』の電話です。こうした状態は、患者さん、介護者にとって大変つらいこと。そして残念なことです。主訴をうかがっていると、もっと軽症のうちに予防ケアが入れたらと思い、残念なのです。
そこで『誤嚥性肺炎、胃ろう、認知症の予防・改善のための口腔ケアと口腔リハビリテーションを最重要課題』と考えていて、一般の方はもとより介護に関わる施設職員の方々に啓発活動を行なうと共に、協定歯科医院のドクターとスタッフが老年医学・予防医学の知識と、診療技術を高めるサポートを行っています」。
お話をうかがったのは、同機構本部ディレクターの小田健太さんです。
同機構はNPO法人歯科医療情報推進機構と連携で、在宅歯科医療関連の学術セミナーに協定歯科医院のドクターやスタッフの参加を呼びかけるほか、医療者向け研修会を開催しているそうです。
啓発活動の一環では、高齢者通所施設で「お口の健康相談」や「口腔内チェック」、「歯みがき指導」などを行なう健診協力事業や、包括支援センターや社会福祉協議会などで一般と介護従事者向けに「口腔ケア・口腔リハ勉強会」を行なっているとのこと。
前回の記事で紹介した歯科医療協力事業は、高齢者が入居する施設で、主に「口腔の健康指導」、「歯科診療」「口腔ケア、口腔リハの実施」を行なうもので、啓発の一環で介護従事者への実地指導に力を注いでいるということです。
「誤嚥や窒息など危険性が高い利用者さんが多い施設もあります。摂食嚥下機能評価やケアが可能な協力歯科医療機関を派遣し、安全に食事ができるよう、施設と協働で『食べ方トレーニング』などを実施しています」(小田さん)。
一連の事業は介護予防マニュアル(厚生労働省発表/2012年3月改訂版)の「口腔機能向上マニュアル」に則るケアを実施する人材育成に当たり、地域医療の診療技術・体制の底上げにつながっているでしょう。
「当機構の業務は、高齢者や在宅療養者支援のネットワークの一員として、街の歯科医院と介護事業者、在宅療養・介護家庭をつなぎ、ケアを受ける人の健康に貢献することで、社会全体に利益をもたらすことだと考えています。
要介護者と家庭は安心・QOL改善・健康、協力歯科医療機関はスキルアップ・増患・増益、介護事業者は安全・サービス向上・負担軽減。三方善しとなることが『介護予防=医療費・介護費削減』で重要と考えています」(小田さん)。
今後、在宅療養・介護が増える中、ますます需要があるパイプ役だと感じました。
小田さんは「より多くの方にこうしたしくみがあることを知ってもらい、問題が起こる前に予防的にサービスを利用してもらえるように努力したい」と繰り返していました。
次回は、在宅療養・介護への摂食嚥下機能障害・訪問リハビリテーションチームの活動(医療法人社団緑友会らいおんハートクリニック/千葉県市川市)についてご紹介します。