ルポ・いのちの糧となる「食事」
食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。
- プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)
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出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。
第22回 在宅での歯科治療と口腔ケア、
摂食嚥下障害ケアの窓口「訪問歯科119番」(前編)
はじめに
「口から食べる」うえで、歯と口腔内のトラブルは大きな障害になります。
歯が痛いときは、食べられません。入れ歯が合わない場合も同じです。とくに高齢者の場合は短期間のうちに何度も入れ歯の調整が必要になることが多いため、入れ歯をあきらめる人が少なくありません。また、病気や事故による運動障害で、合っていた入れ歯が役に立たなくなることもあります。いずれの場合も、食べることに影響が出ます。
さらに高齢者に限らず在宅で療養しているとき、飲んでいる薬の副作用などで口内炎ができたり、唾液分泌が減ることがあり、やはり食事がとりにくく、口腔衛生が保ちにくくなります。
こうしたことのケアや虫歯の治療などは、歯医者や歯科衛生士の仕事になるので、在宅療養・介護では訪問医療を担う医師(スタッフ)と、訪問歯科医療を担う医師(スタッフ)両方の「かかりつけ医」がいて、できれば両者が連携していることが望ましいでしょう。連携は、摂食嚥下機能の評価やリハビリテーションなどを行なう場合も、重要なことだと考えられています。
東京都北多摩西部保健医療圏で、摂食嚥下機能支援の先駆的取り組みを行なった中心メンバーである医師の新田國夫先生は、編著書「食べることの意味を問い直す 物語としての摂食・嚥下」の中で、「医師と歯科医師の共同作業が、在宅における摂食・嚥下障害の患者に必須である」と述べています(また、地域医療の中で「多職種連携システムをつるくのは摂食・嚥下というテーマを通じてこそできる」とも)。
しかし、在宅医療と在宅歯科医療のリンク(ほか、多職種連携も)は、現実的にはまだ地域差があるようです。そして摂食嚥下について医療者や介護従事者の問題意識に差があり、専門知識や技術をもった人材は不足しています。
そのため在宅介護をしている場合、歯と口腔内のトラブルや「食べること」で何か困ったとき、具体的に相談できる場所を身の回りで思いつかない介護者は多いでしょう。ケアマネジャーなどに相談できることですが、歯と口腔内のトラブルや「食べること」の問題は普段見過ごされ、重症化して、救急を要するケースが多いと思われます。
そこで、自分が急に困ったらどうするかと考え、ひとまずいくつかの言葉でインターネット検索をしてみました。すると民間で、訪問歯科診療の窓口になっている企業がいくつもあることが分かりました。今回はその一つ在宅歯科医療支援機構が運営する「訪問歯科119番」を取材しました。
在宅療養・介護で「お口の健康づくり」は必須
患者さん本位の訪問歯科支援をめざす
在宅歯科医療支援機構(以下、同機構)が対応している訪問歯科診療は、自分で歯医者に行くのが困難な人が、すべて健康保険適用で受診できるものです(障害認定を受けている人は各市区町村の助成が適用、要介護認定を受けている人は介護保険も適用<ケアプラン対象外>)。
同機構への謝礼や出張交通費など別途費用はかかりません。ただし居宅療養管理指導料などの加算があるので、自分で歯科医に行った場合の約1.2~1.4倍の費用が必要です(あくまで目安です。受診前に確認を)。
歯が痛い、入れ歯の修理をしてほしい、介護者のケアでは口腔衛生が保てない、食事のときむせがひどくて食べられない、休日診療を頼みたい…など、何か歯と歯茎の健康、口腔衛生、摂食嚥下で相談したいことが起きたとき、かかりつけの歯医者に行けない場合(かかりつけ医がない、あっても訪問診療に対応していない、休診の場合も)、「訪問歯科119番」相談窓口(詳細下記、相談無料)に電話をします。
すると相談窓口が主訴(どのようなことで困っているか)、受診希望者の状態(要介護度、認知症の有無、座位可・不可ほか)、希望・要望(受診希望日時、女性の医師希望等)、住所氏名など必要なことを聞き、適した歯科医院を手配してくれ、必要に応じてケアマネジャーや主治医との連携もサポートしてくれます。
こうした体制なので、ケアマネジャーや歯科以外の医療・介護スタッフ、障害者施設・介護施設職員から相談窓口に問い合わせがあり、受診に至るケースも少なくありません。
現在、協力歯科医師数400名以上、東京を中心に104の協力歯科医療機関があり(東京都41医院、神奈川22医院、埼玉15医院、千葉9医院、大阪11医院、その他6医院)、鋭意拡大中とのこと(対象地域外については後述)。
同機構は協定を結んでいる歯科医院のいずれかを手配するわけですが、医院との契約形式は、同機構の「患者本位」の理念と行動指針に賛同し、質の高い訪問歯科診療をめざして研鑽を続ける医院に限り、「訪問歯科119番」を運営するための会費をいただいている、ということです。
多くのサービス業で「集客」が困難で、価格競争が起きている現代。病院経営も同様に厳しく、増患・増益対策として歯科医本位の『訪問診療』を勧める医事コンサルタントがあるということですが、
「病院経営のために増患・増益を考えることは大切なことで、需要を考えれば訪問歯科診療が経営メリットを生む可能性は大きいと考えられます。しかし、自ら治療を受けに来ることができる健康な方と、訪問歯科治療を望む方では求める治療が異なります。
例えば、入れ歯をつくるにしても、運動障害や麻痺がある方の場合、通常のものとは異なる工夫が必要な場合があります。また、高齢者が起こしやすい誤嚥性肺炎について理解し、口腔ケアができなくてはなりません。普段の診療以上に老年医学、予防医学の知識・技術が必要で、他の病気の療養経過で起きている症状については、ケアマネジャーや主治医と連携することも重要な仕事になるのです。つまり訪問歯科診療は、歯科医なら誰でも単純にスライドしてできる仕事というわけではないということです。
また、『ヒマな時間にだけ訪問診療します』では患者さん本位ではありません。訪問歯科診療にも競合があるので、患者さんの希望や要望に添い、信頼され、満足していただける訪問診療に取り組む医療者でなければ、続けていくことはできないでしょう。そこで志ある医療者と契約するために経費削減し、業界では異例の低料金による会員制で運営しています」。
そう話すのは、同機構本部ディレクターの小田健太さんです。そうはいっても、それでは民間企業として経営は大変ではないでしょうか。
「当機構のグループに一般社団法人高齢者の住まいと暮らしの支援センターや、有料老人ホーム情報館、訪問リハビリマッサージ・なごみ治療院ほかがあり、高齢者や在宅療養者支援のネットワークの一員として、障害者施設・介護施設などについて情報共有できています。そのため施設単位の契約で歯科医療協力事業(*)ができることもあって、運営が安定しているのが強みです」(小田さん)。
また、小田さんによると同機構代表の高木大輔さんは同業他社で働いた経験から「いつでも、誰でも、どこでも、患者さん本位の訪問歯科診療が受けられる環境づくり」を決意し、情熱をもって起業した、とのこと。そして、在宅での療養・介護ではお口の健康づくりが病気の予後、生活の質に大きく影響するとの考えから、訪問診療では「起きている症状を治療するだけでなく、中長期的な生活力向上を目的とした口腔ケアとリハビリテーションに取り組む」を重要視していると話します。
「これまで9年間で8000件の相談案件に対応しましたが、これからも起業時の決意を忘れず、質を保って、ていねいに対応案件、協力歯科医療機関を増やしていきたい考えです」(小田さん)。
取材前月の相談件数は前年同月比1.5倍増超ということで、ニーズが大きいことがうかがえます。チラシ配布のほか、インターネットで相談窓口を広告しているため、相談の電話は全国からかかってくるそう。協定している歯科医院のない地域からも電話があり、そうした場合は、該当する歯科医師会につなぐなど、無償でフォローしているということです。
次回は引き続き後編として同機構の協定歯科医・スタッフの診療技術向上の取り組みと、その他の業務(記事中の*、歯科医療協力事業についても)について掲載予定です。