ルポ・いのちの糧となる「食事」
食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。
- プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)
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出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。
第21回 おいしい介護食を提供できる人に
公益社団法人全国調理職業訓練協会認定資格「介護食士」(後編)
はじめに
前回より、公益社団法人全国調理職業訓練協会が取り組む資格制度「介護食士」について、同協会の介護食士事業推進委員会に取材したことをご紹介しています。
今回は、介護食士の仕事内容と活躍の場、今後の展望についてうかがったお話をまとめます。
介護食士の職域に国境なし
グローバルな教育・人材育成も視野に
食べることに何らかの問題を抱える人、そのため低栄養など悪循環が心配な人は確実に増えています。その最たる原因は「超高齢社会」になったということで、高齢者の場合、一見して健康でも食事の問題が隠れている人は少なくありません。
歯を失う、入れ歯が合わない、噛む力が低下する、唾液分泌が減る、味覚が衰える、視力が落ちる、嗅覚が衰える、運動機能が低下する、消化液の分泌が減る、腸の動きがにぶる…等々、どれも食事の問題を招くきっかけになることです。そして問題はかなり重篤な状態になるまで、本人や家族に気づかれないことも少なくありません。
そんな現代ですから、高齢者に必要な栄養や摂食嚥下機能について、また、食べやすい食事について、もっと一般に関心がもたれる必要があり、「介護食」についても同じです。
介護食というと、とろとろのお粥やミキサー食などを思い浮かべるかもしれませんが、そうとも限りません。病院食とは異なり、介護食はとても幅広い形態の食事に当たるのです。今は、軽度の嚥下障害がある人が食べやすいよう、やわらかさや水分量などがすこし工夫された食事のニーズが高まっています。
そこで今後は介護施設に限らず、「食べる人に合わせた介護食がつくれる料理人=介護食士」が活躍する場は広がると考えられています。例えば家庭内介護はもちろんのこと、外食産業や、デパートやスーパーのお惣菜調理、一般の食品メーカーの商品開発部門にも介護食士の需要があるというのです。
「とくに高齢者世帯などでは料理をするより買う方が、経済的負担がないため、『中食』(内食と外食の中間、買ってきて食べる)を利用する回数が多くなっています。すると購買層に合った商品開発が必要になり、中食の『介護食』需要は大きくなるでしょう。既に宅配のお弁当なども始まっています。『おいしそう』と『食べやすそう』の両方が求められ、介護食士が知識と技能を発揮できる場は増えていくと希望をもっています」と、介護食士事業推進委員長(同協会専務理事、学校法人山崎学園理事長・群馬調理師専門学校長)遠山巍先生は話します。
「介護食士は現在、主に介護施設等で働いています。介護職に携わっている人が、スキルアップの意味で資格を取得されたケースも多い。しかし今後、職域は広がっていくでしょう。全国調理職業訓練協会の介護食士はグローバルな広がりを見越して、あえて『オーダーメイドの食事を提供する意識』をもつよう指導しています。
もちろん、施設給食や外食・中食産業では大勢の食事を用意するのでオーダーメイドというわけにはいきませんが、心構えとして『一人ひとりの要介護者が食べたい(完食する)食事を提供する』を忘れてはいけないと説いていて、それは食べてもらえなければ、どんなに価値ある食事を用意しても意味がないからです。
高齢者だからといって、いつもやわらかく、淡泊な食事を好むとは限りません。食べ物の嗜好にはその人の生活の歴史も反映されることを理解し、オーダーメイドの気概で、高齢者の食事を見守り、責任もって提供していく介護食士であれば、さまざまな活躍の場が拓けるでしょう」。
高齢者が健康を損なう前に、食べる物を見直すことが大切なので、介護食士が「食べやすい食事」を普及してくれるのは頼もしい限りです。一般の介護食の認識も改まるように、活躍を期待します。
「高齢化は日本だけの問題ではありません。世界中のお年寄りが食の問題を抱えているはず。諸外国の介護食はどのようなものか、今後は研究する必要があると考えています。海外で活躍する料理人がたくさんいるように、海外で活躍する介護食士が増える可能性もあります。
一方、他国の介護食を研究することは、日本の高齢者の食を支え続けるためにも大切なこと。現在、『介護食は日本食』という固定観念を持った人が多いですが、今後日本の高齢者もいろいろな食と親しんできた歴史をもつ人が多くなり、『和食よりイタリアンが好き』『エスニック料理が好き』という人が増えるからです。より柔軟な発想と腕で、嗜好に合い、おいしい食事が提供できる介護食士が求められるでしょう」。
機会を改めて、ぜひ介護食士として働いている人のインタビューも試みたいと考えています。
次回は、在宅での歯科治療や口腔ケア、摂食嚥下障害ケアに携わる「訪問歯科119」について掲載予定です。