ルポ・いのちの糧となる「食事」
食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。
- プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)
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出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。
第18回 小樽栄養士会「嚥下調整食の調理実習」
負担にならない簡単料理を学ぼう(後編)
はじめに
前回より、小樽栄養士会が開催した嚥下調整食の調理実習についてご紹介する記事を掲載しています。この催しは、小樽市介護保健課と小樽市勤労女性センターが共催した「平成26年家族介護教室」の市民参加型講座「身近な介護を学ぼう」の一環で5月に開催されました。
高齢者のための食の基礎知識を学ぶと共に、介護者の負担にならず、高齢者が食べやすい「簡単・便利な手抜き料理」を作って、試食できるイベントでした。
集まった市民(30~70代の参加者の中心は「高齢者と同居する50代」。半数は在宅介護をしている男性)に、魚の缶詰を活用する手抜き術や、摂食嚥下しやすい調理術など、具体的な指導を盛り込んだ調理実習は、料理が苦手な男性にも大変好評だったということです。
今回は、栄養・調理指導を行った小樽栄養士会の戸谷典子さんが調理実習の実施に至ったお考えや、地域で介護予防に携わる中で感じておられることなどをまとめます。
食べると変わるから、食の喜びを支える
小樽栄養士会は現在58名の会員栄養士が集う組織で、戸谷典子さんは市内にある医療法人ひまわり会 札樽病院などに勤務し、患者の栄養維持・管理に長く携わってきた方です。とくに20余年勤めた札樽病院の回復期リハビリテーション病棟では、患者が退院後、家庭で日常生活を取り戻すために、治療の一環として食事が重要であることを痛感する毎日だったと話します。
「病棟では、『食べられるようになる』と『変わる』人をたくさん見て来ました。体力が回復するだけではなく、生気を取り戻し、自然な生活欲求が回復してくる姿です。
すこしずつの変化でも、確実な変化を見守る中で、ご家族も、周りの医療スタッフの笑顔も増します。当たり前のことだけれど、食べることはとても大切なことなんです」。
栄養士としては、回復期リハ病棟で摂食嚥下リハビリテーションに関わった経験が、現在、介護予防に関わる上では大変役に立ち、「地域の介護予防に役立てるのはとてもうれしいことです」と話します。
調理実習には、「在宅介護中」の男性参加も多かったので、食事介助の注意について、とくに回復期リハ病棟での食事介助で繰り返し実感したことをレクチャーしました。
「食欲がある場合は、可能な限り自分で食べたい方が多いのです。時間はかかるし、食事量の確保・栄養バランスについては注意が必要ですが、『人から口に入れられるのはイヤ』『マイペースで食べたい』といった自然な欲求を理解して、サポートすることが大切です。
食事の喜び・楽しみを増長し、摂食嚥下のリハビリになる食事介助を心がけていただけるようにご説明しました」。
講座で市販の自助具や、家庭でいつも使っている箸などを加工して作る自助具を紹介したのはそのことを伝えるため。毎日の「食べる」が高齢者と介護者双方の負担にならないように願い、戸谷さんは帰ってすぐ生活に取り入れられる具体的な情報を紹介するよう努めたそうです。
持ち帰りの資料には、
- ・加齢による摂食嚥下機能の低下について
内容:口から食べることの意義、介護される人の身になった「食介護」の大切さ、加齢によって起こる摂食嚥下機能低下とはどういった症状か、嚥下機能判断のポイント、食べやすい食品とそうでない食品について、調理の工夫について、歯科医師会からのメッセージ、食事介助のハウツー、健口体操 - ・低栄養・偏りを防ぐ必要性
内容:高齢者が意識的にとる必要があるたんぱく質がとれる食品(5種:卵、乳製品、肉、魚、大豆製品)について、栄養バランスのよい献立について - ・食事をとるときの姿勢、自助具など周辺情報
内容:食べやすい姿勢(シーン別:食堂で、布団で、ベッドで、起き上がれないとき)、市販自助具・食べやすい食器紹介、家庭にあるコップ、湯のみ、スプーンや箸を食べやすく改良する方法
をまとめました。これは北海道栄養士会が編纂した「低栄養予防・栄養改善実施プログラム」などから抜粋したものです。
また、事前に小樽栄養士会では介護食品メーカーを招いて高齢者の摂食嚥下機能障害やリハビリの工夫、とろみ剤の活用法などについてレクチャーを受け、介護予防のための食の啓発に備えていたということです。
調理実習を振り返り、「概ね好評で開催できてよかったが、課題も見えた」と話す戸谷さん。
「情報が周知されるには、一般の方にではなく、地域で介護に関わる医療・介護の多職種に『高齢期にふさわしい食事』を理解してもらう必要があると感じました。
サポートを必要としている人は増えていますから、栄養士に限らず、多職種が食の啓発活動ができるといいですよね。もちろん栄養士として可能な限りサポートしますが、多職種がそれぞれの活動の中に『高齢期の食事』についても盛り込み、情報を拡散してもらいたいと思います」。
平成16年から北海道の高齢者施策の1つとして運営されている「後志地域リハビリテーション推進会議」に栄養士会の代表として関わっている戸谷さんは、そこで多職種にはたらきかけていきたいと考えています。また、多職種での食のサポートを可能にするために必要なこととして、嚥下機能評価についての表現が食品メーカーや医療機関でまちまちであることを憂い、統一されることを願っています。
日本摂食嚥下リハビリテーション学会によって「嚥下調整食分類2013」が整理され、統一に向かっていますが、
「病院などでは分類を『ハチミツ』などと食品名で表現することもあります。その病院のスタッフだけで共有されている表現です。それは在宅介護をする家族にも分かりにくいでしょう。市販の介護食品の何を見ても、どこで誰に尋ねても、同じ表現が使われていると摂食嚥下機能障害について理解が広がり、食べやすい食事を整えやすくなるでしょうか」。
表記については私も混乱したことがあり、共感します。戸谷さんのように、ケアを必要とする人の側で支援を続けてきた人の言葉は具体的です。医療・介護に携わる人だけでなく、地域社会のすべての人に表現が共有されることが、家庭での介護予防を普及し、また、在宅介護において要介護者の生活の質を上げ、介護者の負担を軽減することにつながるでしょう。戸谷さんに取材が必要な問題提起をいただいたと思っています。
次回は、神戸ポートピアホテルで開催されるイベント「家族で楽しむクリスマス2014<ホテルのやわらかコース料理> ~のみこみにくい人のために~」のご紹介です。
- プロフィール
- ●戸谷典子(とやのりこ) 小樽栄養士会代表。医療法人ひまわり会 札樽病院(北海道小樽市)ほかで病院栄養士として主に回復期患者の栄養アセスメント、摂食嚥下リハビリテーションに関わり、退職後は主として地域の介護予防活動の中で「食べること・栄養改善」に携わっている。