ルポ・いのちの糧となる「食事」
食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。
- プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)
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出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。
第14回 「食べる」を支える人々を知る
第20回日本摂食嚥下リハビリテーション学会学術大会を観覧して
はじめに
本連載第8~10回にインタビューさせていただいた国立国際医療研究センター病院リハビリテーション科医長・藤谷順子先生にお声がけいただき、第20回日本摂食嚥下リハビリテーション学会学術大会(2014年9月5・6日、東京)を観覧してきました。
この大会は日本摂食嚥下リハビリテーション学会主催で、今回は6500名が参加し、「食べる喜び支える楽しさ —広がるチーム—」を大会テーマとして開催されました。
同学会は、安全で豊かな食事を取り戻す「摂食嚥下リハビリテーション」の発展・普及を促進しています。医師ほか多職種[*1]の会員が11000人を超える大きな学会で、その活動は日本各地のさまざまな医療・福祉の場で「摂食嚥下」の障害に対して行われているチーム医療を支えています。
ですから、その取り組みが多彩なプログラムで紹介された大会の全容を、本稿でお伝えできるものではないので、今回は大会を観覧した雑感をまとめます。
拝聴できたシンポジウムやセミナー他、ポスター展示で紹介されていた取り組みの幾つかについては、今後ぜひ追加取材をし、改めて順次ご紹介させていただこうと考えています。
希望を感じた「ポスター展示」
改めて「摂食嚥下障害」の多様性を知る
本連載を始めるまで、私が知っていた「食べることが難しくなる」ケースは、がんの闘病中・終末期に起こることと、高齢者のケースだけでした。
発達障害や、交通事故による脳の障害によって「食べることが難しくなる」ということを見知ってはいたけれど、正直なところ、そのことについてよく考えたことはありませんでした。
友人や親が闘病した折に「食べることが難しくなる」問題と出会ったことが動機になってこの連載を始めましたが、まだまだ知らないこと、考えが足りないことばかりです。
そんな状態ですから、大会ではどの場へ足を運んでも学びがありましたが、会場の一つであった新宿NSビルの4会場に所狭しと掲載されていたポスター展示はとくに学ぶことの多い展示でした。
ポスター展示とはどのようなものかというと、全国のさまざまな医療・福祉の場で学会員が実際に行っている取り組みをタタミ1畳程度の大きさのポスターにまとめて掲示するものです(写真)。展示は、
「脳卒中(その他脳疾患)」 「口腔・頭頸部疾患」 「神経筋疾患」 「誤嚥性肺炎」 「脳性麻痺・発達障害」 「診断・(嚥下機能)評価」 「(嚥下機能)訓練」 「嚥下回診:当院の工夫」 「食事・栄養」 「口腔ケア」 「地域で心に残った症例」 「集まれご当地プロジェクト」 「医療福祉制度」 「ADL(日常生活動作)・QOL(生活の質)、地域リハビリテーション・在宅」 「基礎」 「教育」 「基礎研究」(順不同)
のテーマ別に400点を超えていました。
中には専門的な医療知識がない私には読み解けない展示もありましたが、概ね平易な解説がしてあり、取り組みに至った動機、経過、今後の課題や展望がまとめられていました。
とても全てをじっくりと読むことはできなかったけれど、知識が足りないと自覚する身には「自分が何を知らないか、ここで学べる」と思えたので、できる限り時間を割いて、見て回りました。
そして「食べることが難しくなる」ケースの多様性を改めて感じました。
食べることが困難になる原因も、起こる問題も、改善への取り組みも、実に多様です。同時に、さまざまな職種の人がこれほどまでに多様な取り組みをしていることに希望を感じました。例えば、
- ・言語聴覚士が頭頸部がん治療後の患者に対して行った摂食嚥下リハビリテーションの取り組み
- ・歯科医師による介護施設での食形態の決定方法考察
- ・介護老人保健施設職員他の嚥下食改善の取り組み
- ・管理栄養士の脱水予防のための飲水キャンディーの活用
- ・理学療法士の誤嚥・窒息事故対策の取り組み
- ・看護師主体の「食べるための口作り」を試みた考察
等々、400を超える取り組みの一つひとつが、食べることが困難になった人を「今、支えている」と知ったからです。
さらに情報拡散を願って
学会では、セミナーや講演でも多数の取り組み事例が発表されていました。食品メーカーや介護・介助用品など企業展示ブースも活況でした。食べることに困ったら、声を上げればサポートしてくれる人・チームは「身近にある」と思えました。残念ながら、私の友人達の場合、私共々「求めていく」気持ちが足りなかったかもしれないと省みました。
月に一度、管理栄養士が病室を訪ねてきたとき、また、一時退院のときに栄養管理部なり、院内のソーシャルワーカーを訪ねていくべきだった。病気による体重・体力・栄養低下の影響について知らなさすぎ、「食べること」について誰かの助けを借りるという発想はなかったので、内向きになっていたと思います。
そして、そういう患者、家族も少なくはないと思います。友人もそうでしたが、医療者に感謝していて、現状以上、あまり迷惑をかけたくないと言っていました。
しかし、食べることに限らず、闘病中、困っていること、不安なことを相談するのは、迷惑をかけるということではないし、声を上げてよかったのだと振り返ります。体重・体力・栄養低下の悪循環は思うより速いスピードで進みました。声を上げないことは、結果的にいのちをあきらめることに等しかったかもれしれないと、悔やむのです。
そんな思いも巡らせながら見ていたので、このポスターがここでの展示で終わらず、各地域の医療機関や、行政施設など人目に多く触れる場所に掲示されることを願いました。
今、家族が食べることで困っている人に朗報かもしれません。異なるケースの展示であっても、見れば、自分や自分の家族のケースについても相談するきっかけになるでしょう。また、展示を見た学会員ではない医療・介護従事者が、同じような取り組みを試みてみる気になるかもしれません。
学術大会のプログラム・抄録集は学術大会のサイト上に掲載されていて[*2]、これを見るだけでもそれぞれの取り組みの概要は分かるので、多くの人の目に触れ、誰かの、何かにつながるといいと感じています。
そして、学術大会を取材したマスコミが多数あったようですから、なるべく多くの取り組みが、さらに取材・紹介され、情報等が拡散することも願います。本連載も、家族や医療・介護従事者がすぐに利用・応用できる「草の根的な取り組み」をできるだけ取材し、紹介していきます。
この記事を読まれた方は「食べることに困ったら、サポートを求められる仕組みがどこかにある」ことを頭の隅に置いておいていただけたらと思います。そして、誰か困っている人がいたらどうぞ伝えてください。
大会副会長を務めた藤谷先生も取材の折、「まず主治医または看護師、ケアマネジャーなどに相談してもらえば、即答ではなくても、必ずどこかにつないでもらえるはずです」と話されていました。
個人的な体験からは正直ピンとこなかったのですが、今回、学術大会の盛況ぶりを見て、そこに集う熱心な医療・福祉関係者達を垣間見て、藤谷先生のお話を理解しました。
闘病中の人の側にいる家族などは、「何もしてあげられないけれど、食べることなら、何か手助けができるのではないか」と考え、行動するのではないかと思いますが、そうした場合も誰か、食べる喜びを支えるプロ達とつながり、サポートが受けられることを願います。
次回は大妻女子大教授・川口美喜子先生インタビューの続編を掲載予定です。
- [*1] 日本摂食嚥下リハビリテーション学会会員は、医師のほか歯科医師、薬剤師、看護師、介護福祉士、歯科衛生士、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、管理栄養士、栄養士、調理師、社会福祉士、ケアマネジャー、食品メーカー社員等と多岐の職種に亘る。
- [*2] 運営事務局に問い合わせたところ、プログラム・抄録集のサイト上での掲載期限は今のところ未定だが、当面、掲載されている予定とのこと。