ルポ・いのちの糧となる「食事」
食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。
- プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)
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出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。
第10回 日々の食事を喜びあるものに(後編)
日々の食事を喜びあるものに(後編)
はじめに
前回まで2回に亘り、国立国際医療研究センター病院リハビリテーション科医長・藤谷順子先生に、加齢によって緩やかに起こる嚥下機能の低下の「予防と改善法」についてうかがいました。
今回は、藤谷先生に「口から食べることの意義」を問い、答えていただいた内容をご紹介します。
発想を柔軟に、食の楽しみをサポートする
「口から食べることの意義は?」という質問を投げかけると、藤谷先生はしばらく熟慮した後、
「私はリハビリテーション科の医師として答えると、『口から食べることは大事だけれど、こだわりすぎることはないのでは』と言うかな」
と、意外な返答でした。
「先にも話した通り(インタビューVol.1)、広義の『リハビリ』というのは、今ある機能を維持し、活かして、生活を楽しむためのものなのです。つまり、たとえ失った機能を回復することができない場合も、以前の日常生活に等しい毎日を楽しんでもらえるように支えたい。
だから、例えば口から食べられなくなって、胃ろうになったとしても、その人には、それが不幸なことだとは言いたくない。口から食べられなくなっても、大切にしてきたおつきあいや、外出の楽しみを失わないように、胃ろうでも出かけられるようにお手伝いすることが大事だと思います。
日本の文化というのは、食事と結びついているところが大きいですね。冠婚葬祭では会食が基本ですし、旅も土地の食べ物を味わうことが重要な目的になります。食べることは人と会うことで、休憩・気分転換することで、楽しむことなのです。ですから、食べることができなくなると、そのようなおつきあいや旅行の楽しみがなくなってしまうと思いがちですよね。けれど胃ろうでも、旅行をしたり、冠婚葬祭に出席してもいいですし、嚥下機能障害があっても、そういうことを可能にするのが胃ろうの意義でもあるわけです。
一方、口から食べる(経口摂取)に意義があるといっても、もしも下平さんが365日×3食を独りで黙々と食べるとしたら、『口から食べることの意義』が高いと思う? きっと思えない、よね。口から食べる、食べないにこだわらないで、生活のQOLを守るサポートが大事ではないかしら」。
もちろん、口から食べることで唾液の分泌や消化が促進されるなどのメリットもあるなど大事な側面もあり、リハビリテーション科の医師としては、経口摂食のためのリハビリテーションをあきらめているわけでないとして、
「あくまでも症例ごとの、そのときの状態で、もし無理であれば『1日分の全ての栄養を口から食べることにこだわる必要はない』ということ。胃ろうになったとしても、外食や旅行を楽しむ機会があれば、状態が改善していく可能性もあるのです[1]」
と補足しつつ、藤谷先生が話されたことには大きな希望を感じました。
「お孫さんの結婚式に、おじいさんが出席することが、ご家族にとっては最も重要なこと。そのテーブルで実は箸をつけていなかったとしても、周りの人もさほど気にしないのではないかしら。 けれど、胃ろうになってしまうとご本人も、ご家族も『結婚式には出られない』と考えてしまいがちで、それはもったいないことです。おじいさんが欠席だと、そのおつきあいで『おばあさんも欠席』などとなりがちですよね。結婚式場の控え室かどこかで、さっと胃ろうから栄養を入れて、会場ではちょっとコップを手に持ったりして、にこにこしていてくだされば、お互いにうれしいですね。
もちろん、胃ろうの方でも、デザートか何かにすこし手をつけられるようリハビリすれば、さらに楽しみが増えます。栄養は胃ろうでとり、家族皆で一緒に出かけられるのが何より。ましてや現代は嚥下調整食[2]に対応してくれるホテルなどもあるので、旅行も同じです。
ときには『かわいい孫におごってあげたい』などということもあるでしょう。レストランへ行き、自分がほとんど食べられなくても、お孫さんが健啖ぶりを見せてくれたらうれしい。すこしなら一緒に食べられるかもしれません。食べることの喜びを感じるのは、そういった機会ではないかと思うから、私はそういうサポートを考えたいですね。
安全なサポートをするには、ご家族だけでは判断できないこともあると思うので、主治医やその他の病院スタッフ、担当のケアマネジャーなど相談しながら、行ってはいかがでしょうか。相談を求めたとき、即答はできないとしても、調べて、適切なサポートを考えてくれる医療者、福祉関係者は必ず身近にいると思います。
今年20周年を迎えた日本摂食嚥下リハビリテーション学会には医師だけでなく、さまざまな職種の人が参加しているんですよ[3]。それぞれの職場で実際に多様な『食べられない』ケースに対応していて、情報交換すると共に、ケア、サポートの質を高め合うために研鑽しています。
それぞれ柔軟な発想で、喜びある食生活をサポートする取り組みを行っていて、ちょうど9月に開催される学術大会では心に残った症例の発表や、職種を超えた連携の報告など会員参加型のプログラムもたくさん行うので、下平さんも遊びに来ませんか」。
藤谷先生にそうお声がけをいただいて、学術大会へ学びに行くことにしたので、そのレポートは後日、ご紹介させていただくことにします。なお、第20回日本摂食嚥下リハビリテーション学会学術大会は9月6日(土)、7日(日)、「食べる喜び支える楽しさ ー広がるチームー」のテーマで開催されます。詳しくは学会ホームページをご覧ください。
本連載の次回は、キユーピー株式会社の「やさしい献立」シリーズ開発経緯や味づくりの工夫について取材した記事をまとめます。キユーピー株式会社は昭和47年にジャネフブランドの健康食品を発売。その後、流動食や治療食の分野を充実し、平成10年、日本初の市販用介護食を発売したパイオニアです。「やさしい献立」をお試しいただく、読者プレゼントも予定しています。
1.^今回のお話は、終末期の対応は別の問題としてうかがった。高齢の方の場合、健康状態の個人差が大きい(年齢で線引きすることはできない)ので、ここでは胃ろうなどの処置後、家庭に戻って日常生活ができる場合についてお話をいただいた。
2.^嚥下摂食能力に応じて、安全で食べやすい食事の形態に調整された食事。日本摂食嚥下リハビリテーション学会は、現状の嚥下機能を評価し、5段階レベルのいずれか適した嚥下調整食を中心に栄養・体力の維持をはかり、徐々に嚥下機能の改善につながるリハビリを推奨している。詳しくは、藤谷先生の著書「テクニック図解 かむ・飲み込むが難しい人の食事」をご参照ください。
3.^日本摂食嚥下リハビリテーション学会会員は、医師のほか歯科医師、薬剤師、看護師、介護福祉士、歯科衛生士、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、管理栄養士、栄養士、調理師、社会福祉士、ケアマネジャー、食品メーカー社員等と多岐の職種に亘る。
- プロフィール
- ●藤谷順子(ふじたにじゅんこ) 国立国際医療研究センター病院リハビリテーション科医長。医学博士。1987年筑波大学医学部専門学群卒。東京医科歯科大学神経内科で研修後、1989年よりリハビリテーション科医師となる。東京大学医学部附属病院、国立療養所東京病院、埼玉医科大学、東京都リハビリテーション病院等を経て、2002年7月より現職。著書に「誤嚥のケアと予防チェックテスト88~在宅・施設ケアスタッフのための」「誤嚥を防ぐケアとリハビリテーション~食べる楽しみをいつまでも」(日本看護協会出版会)、「テクニック図解 かむ・飲み込むが難しい人の食事」(講談社)、「誤嚥性肺炎~抗菌薬だけに頼らない肺炎治療」(医歯薬出版)ほか。