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ルポ・いのちの糧となる「食事」

下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。

プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。

第145回 より暮らしやすい町になれ!
“我が町”に飛び出したST 後編

はじめに

 143回より、デイサービス「リハビリデイセンター悠 ハッピーマウス」(横須賀市野比・以下、ハッピーマウス)の管理者を務める言語聴覚士(以下、ST)の森桃子さんにうかがったお話を紹介しています。

すべての縁が今につながった
感謝で取り組む後進育成

 2018年8月“お口のリハビリ”を趣旨とするハッピーマウスが誕生。オープンから4カ月を過ぎた取材時、森さんは「これまでの経験や思いがすべて今につながっている」と話しました。

 「小さな地域の『包括ケア』をめざして、その拠点としてハッピーマウスがあり、コミュニティカフェがあります。
 思っていた以上に、地域には“お口のリハビリ”ニーズがあり、デイサービスが収益母体となっているため、自由度が高く、地域貢献ができるコミュニティカフェの運営ができています。
 今後は、介護保険適用のない方や小児の“お口のリハビリ”など、現在はニーズが見えたものの対応しきれていないケースに応えるサービスで収益体質をより強化していく、といった次の課題もいくつか見えてきました。
 さかのぼれば子どもの頃、祖母が急逝したことをきっかけに『人を癒し、ケアする仕事』を志したときから、今まで、すべてはこの事業にたどり着くためだったと思うから、やる気と感謝でいっぱい。とくに人の縁に恵まれ、この4カ月もスタッフやボランティアに恵まれたうえ、前職からの専門職ネットワークに支えられて順調でした。
 一方、管理者となって、ビジネスを継続させるために私自身はこれまでとは違う面で成長する必要に迫られています。新たな修行ですね(笑)」(森さん)

 森さん自身、従来は利用者のため、地域のため、アイデアを思いついたら矢も盾もたまらず、言葉や行動に出すタイプ。ハッピーマウス開設に当たっては、したいこと、やりたいことが山とあり、気が逸りました。
 スタッフやボランティアにも、そうした積極性や能動性を期待し、明るい職場づくりをめざしつつも、管理者として経営の持続性を考慮して、ときには“ブレーキ”を踏む立場に。自らの逸る気持ちも抑え、地域に根ざすことを第一に、着実な営みを考え抜いた4カ月でした。
 とくに、“お口のリハビリプログラム”を趣旨とするデイサービスである以上、STの専門性を利用者が集団で行うプログラムにおいて十二分に発揮するクオリティをめざして、試行錯誤しています。

 「利用者さんには、家に帰ったら『楽しかったし、訓練もしっかりできた』と満足感を抱いてもらいたい。楽しかった、だけではダメなんです。
 例えば10名でグループワークをしている中でも、利用者さん個々のリハビリの要点を見抜いて、『訓練』にスライドする。
 利用者さんが発する言葉や態度から、攻めのリハのタイミングを察して、伸ばす。
 個別のリハビリプログラムを行っているときにはたらかせる“職人のカン”を、集団プログラム中もはたらかせて、きっちり訓練できたら、STも成長でき、仕事はもっと楽しくなります!
 機能の回復をゴールとせず、ICFの視点で『参加』までもっていく、または『参加』から機能向上につなげるセラピスト。そのクオリティが必要です」(森さん)

 一方で、後進を育てるため、リハビリプログラムのマニュアル化や「地域にSTのニーズがある!」との啓発活動にも力を注ぎ、STが活躍する場、ビジネスモデルの広がりに努めるとも。

 「先ほど述べた“職人のカン”はマニュアルにはしにくいことですが、質を標準化するには必要なことだと思うので、頑張ります。
 利用者さんの中には、自分とさほど年齢の違わない方もちらほら……。親身に感じて、自分だったらどうだろうと考えて支援に努めると共に、後に続く人を育て、広げる必要を考えるようになりました」(森さん)

 40代、脂ののった働き盛りではあるけれど、地域の未来のために今、自分自身ができること、すべきことを考えているのです。

 なお、そんな森さんの強みの一つは事業運営のパートナーである、生活相談員の青木明美さんとの絆だそう。前職時代からの相棒で、ソウルメイトとまで思う青木さんとは、意見が食い違うことがあっても、それは事業にとって最良の解を出すために必要なプロセスで、わだかまりを残すようなことはない、といいます。

 「青木さんは仕事熱心で、力を出し惜しみしない。デイサービスはある意味“何でも屋”だということを受け入れられる二人が組んだら最強です(笑)。彼女のおかげで、心丈夫でいられ、前向きでいられる」と森さん。とてもうらやましい関係です。
 一方、「思いきり働けるのは家族の協力があってこそ」とも。とくにハッピーマウスの開設が決まって以来、夕飯の支度など進んで家事分担を増やしてくれたご主人に感謝しているということで、公私共に豊かな人の輪(和)が、地域を支える人を支えているのだと分かりました。
 今後のハッピーマウスとコミュニティカフェの進展に期待して、取材を続けたいと思います。