ルポ・いのちの糧となる「食事」
食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。
- プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)
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出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。
第144回 より暮らしやすい町になれ!
“我が町”に飛び出したST 中編
はじめに
前回より、デイサービス「リハビリデイセンター悠 ハッピーマウス」(横須賀市野比・以下、ハッピーマウス)の管理者を務める言語聴覚士(以下、ST)の森桃子さんにうかがったお話を紹介しています。
お口のトラブルはフレイルの入り口!
だから生活期で働き、支えたい
急性期病院に勤務していた20、30代の頃、森さんはSTとしての専門性を高めることに努めながら、病院で患者に伝え、施す“お口のリハビリ”が、退院後は継続されにくいことに気づき、STが「生活期」を支える必要を強く感じていたといいます。
「セラピスト職も地域へ」。今となっては地域包括ケアの御旗の下、多くの専門職の方がその必要性を理解し、活動されていますが、STを育てる教育も、法制度も「急性期医療」に向いていた時代のこと。介護のフィールドへ出る必要を感じても、出たところで利用者の「生活」を知らない自分に十分なケアができるだろうか? と、逡巡もありました。
しかし、生活期への関心は抑えられず、野比の老健へ転職。不安的中で、ベテラン介護職から利用者の生活について理解不足を指摘され、教科書的な専門知識や手技へのこだわりを捨てました。
生活の中で実現可能、継続可能なリハビリとは?
STの専門性を発揮し、なおかつ介護職に、仲間として迎えられるには?
新たな問いを立て、実践の中で利用者のやる気や喜びを引き出す話術や手技を創り直した10余年。一方で、結婚や出産、子育てといった人生経験を経る中、独り身だった頃とは「生活」を見る視点が変化したといいます。
自ら野比の地(北下浦地域)で仕事も、子育てもし、いずれ老いていく。この地で子が育ち、ここは子ども達の故郷となる。
プライベートで貴重な縁ができた土地への愛着はひとしおとなり、「地域」を見る視点も変わりました。
やがて老健から専門職が地域へ出向く時代がやってきて、森さんも訪問活動をする中、もっと地域住民の生活に、気軽に手を差し伸べることができる、暮らし全体を支えるケアに携わりたいと考えるようになります。
「老健で、教科書的には●●だけど、この方の生活を鑑みれば○○。といった現実的な支援の見つけ方を鍛えられ、住み慣れた家で暮らし続けられるよう、いろいろな○○を見つける、そんな支援ができる人になりたいと思いました。
STとしても発語や嚥下を見ているだけじゃ、その方を支えきれません。生活環境やご家族の暮らしぶりも見守り、利用者さんの暮らしが落ち着いていてこそ、リハビリが定着し、成果につながります。
専門職だからといって『お口だけじゃない』ということを忘れたくない。
ただしお口のトラブルはフレイルの入り口。食べる・喋るは生活の中でとても大切な営みだから、『お口の元気があってこそ!』と確信が強くなりました」(森さん)
では、どうする? となり、老健を退職して起業することも視野に家族に相談。対して「反対ではないが、時期尚早」といわれれば、森さん自身も納得でした。しかし、地域には自分がイメージするサービス提供者が「ただちに」必要だと思いが募りました。
そこで、その思いを知り合いの専門職などに話し、サジェスチョンを求めるようになったそうです。
以前から、市内で開催される“地域”と名のつく医療・介護系の集まりに足繁く通っており、STの枠におさまりきらない森さんの思いや実践を知り、共感してくれていた人たちから、さまざまなアドバイスをもらいました。
ハッピーマウスを運営する株式会社マエカワケアサービスの代表取締役社長・前川有一朗氏へのプレゼン提案も、その一つでした。
前川氏は理学療法士であり、十余年前、当時まだ珍しかった短時間制リハビリ専門デイサービスを趣意に起業した経営者であったことから、森さんの志向するビジネスモデルの可能性を見出してくれたといいます。それは2018年1月のこと、ほぼ即座に「ぜひとも実現させよう!」という話になり、開設準備に進みました。
次回に続きます。