ルポ・いのちの糧となる「食事」
食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。
- プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)
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出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。
第143回 より暮らしやすい町になれ!
“我が町”に飛び出したST 前編
はじめに
昨年8月、横須賀市野比に“お口のリハビリプログラム”を趣旨とするデイサービス「リハビリデイセンター悠 ハッピーマウス」(以下、ハッピーマウス)がオープンしました。
言語機能や口腔機能の向上に特化したリハデイは、横須賀市では初で、全国でもまだ数多くはないでしょう。
事業の発案者であり、管理者を務める言語聴覚士(以下、ST)の森桃子さんにお話をうかがいました。
潜在ニーズを掘り起こし
お口のリハデイ、活況
ハッピーマウスは、STが常駐し、発語や嚥下など口のリハビリを中心としたプログラムを提供しているデイサービスです。現状、主な利用者はパーキンソン病や進行性核上性麻痺、脊髄小脳変性症などで療養中の人が多く、認知症の人は少ないとのこと。
「笑う・話す・食べる」の3つを楽しく実践する場と広報していて、おおまかなサービスは次の通りです。
- 失語症や構音障害、声が小さくなってしまったなどの理由で「話す」に問題がある方に、呼吸・発声・発音のトレーニング(個別または小集団)を行うと共に、コミュニケーションや、声を出すレクリエーションを提供。十分に声を出して、心身共にリフレッシュし、笑顔を引き出す。
- しっかり食べることができる口づくりを行い、体力(栄養状態)・筋力・免疫力の低下を防ぐ。とくに昼食前には食べる準備の嚥下体操を行って、利用者の嚥下機能に適し、栄養が十分にとれるランチを提供し、口腔ケアを行う。
体のリハデイには合わなかった人のニーズがあり、月~土(祝日も。9:30~14:30)の定員はいっぱいです。
利用者からは別れ際に、家庭では出せない声を出し、存分に喋ったと満足の言葉を聞くことが多く、森さんは「思っていた以上に求められていた感触を得ている」と話します。
デイサービスの隣には、コミュニティカフェがあり、ランチタイムに喫茶営業を行うほか、地域包括ケアに関するイベントスペースとして貸し出しも行っています。
たとえば、近隣の障害者施設からレクリエーションの一環で“お茶しに行く先”として利用されたり、最寄りのクリニックが地域住民と共に開催する介護予防教室の会場になったりしています。この場で地域の専門職が交流し、学ぶ会も定期的に開催され、森さんらハッピーマウスのスタッフも一参加します。この勉強会の主催者は別ですが、情熱をもっていた専門職(現主催者)の背中を押したのは森さんでした。
またこの夏は、下校時の子ども達が涼みに立ち寄る場所にもなっていたとかで、空間を“地域のよろず相談の場”として育て、同地域の、地域包括ケアの拠点の一つであることを志向しています。
さらにこの場では、デイサービス終了後、話すこと、食べることの専門家がいる「お口にまつわるサロン」として、発語や嚥下に関する無料相談やインフォーマルサービスを提供しています(自費の訓練は訪問も可)。
声や言葉のトラブルから、コミュニケーションエラーを招き、家族以外の人と交流する機会を失うと、気力・体力の低下、介護度の悪化につながるリスクがあります。「お口のリハビリをあきらめないで!」と市民に啓発し、地域に潜在していた“喋る・食べるリハビリがしたい”というニーズをとらえています。
「言葉が不自由でも気兼ねなく通える場」「誰かとゆっくり話せる場」「専門家と話せ、訓練が受けられる場」として、小児から高齢者まで幅広い年代・さまざまなケースに対応する考えです。
核となるのはデイサービスの運営ですが、地域包括ケアのための地域づくりの一端を担いながら、フレイル予防、介護予防に不可欠と考えるSTの専門性を活かす機会を地域に“あの手・この手”で創造しているハッピーマウス。
「横須賀は小さい市だけれど、行政や市民に『暮らしをよくしていこう』という気運があると感じます。さまざまな立場の人が、それぞれの活動で、地域を盛り上げていこうとしているので、私たちも地域づくりの一端を担いつつ、さまざまな人とゆるくつながり合っていけるとうれしいですね」(森さん)
なお、ハッピーマウスとコミュニティカフェには、リタイア後の医療・介護専門職がボランティアで関わるほか、一般のボランティアも数名、運営に力を貸しています。
一般の、老いや介護からはまだ遠い人も、このような場と関わりがあれば老いや介護について理解を深めることができます。すると周囲の高齢者を見る目が変わり、自分や家族が年齢を重ねていくこと、病むことをむやみに恐れずにすむでしょう。
専門職が場を地域に“開く”意味は大きい。老いや介護を遠ざけず、地域には支援を必要とする人がたくさんいること、それが自然なことが、自ずと分かる場が必要です。
次回に続きます。