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ルポ・いのちの糧となる「食事」

下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。

プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。

第141回 継続は衰退とする
KTSMの新フェーズ(前編)

はじめに

 小山珠美先生が主宰するNPO法人口から食べる幸せを守る会®(以下、KTSM)が家族会を発足したことを連載135136回でお知らせしました。
 立ち上げから数カ月を過ぎ、今、改めて小山先生が家族会に寄せる思いをうかがえましたので、ある家族会メンバーの活動の様子とともに、2回に分けてお伝えします。

“思い”のその先へ!
家族も実践で社会変革へ

 筆者は先の9月24日、東京都内で開催されたKTSMの第72回セミナー(KTバランスチャートの理解と基礎コース)を終日取材させていただきました。
 これまで医療や介護に携わる専門職を主な対象者としてきたセミナーに、専門職ではない家族会のメンバーも参加し、学ぶと知り、ぜひ小山珠美先生並びに家族会の方のお話をうかがいたいと思ったのです。

 講義において小山先生は次のようなお話をされました(要約)。

  • やるべきことをやる医療者がいる病院では絶飲食の期間を短縮する取り組みが進んでいるが、一方で「食べたい」という患者の願いを叶える包括的なスキルをもつ医療者はまだ少ない。
  • とくに高齢者の誤嚥性肺炎の多くは、環境(人)が原因である場合が多い。「包括的に食を支援するスキル」が脆弱であることから人為的な廃用、低栄養、サルコペニアといった負の連鎖が起きている。
  • 早期の経口摂取や、多職種による包括的支援のエビデンスを正しく認識し、どうすれば食べられるようになるのか追求するための摂食嚥下評価が必要。問題だけを見て患者に「食べられない人」という引導を渡し、家族を経管栄養の選択に追い込んではならない。
  • 専門職はもとより当事者家族も、徹底して食べる人の側に立ち、食べる人の目、口、喉、手、そして食欲となって、すべての人の基本的な欲求を生涯に亘り叶えていきましょう。

 小山先生は、いくつかの疾病診療ガイドラインやエビデンスを示すデータ等を示しながら、食べることを支えるために有効な評価のタイミングやコツ、KTバランスチャートの活用法について説きました。
 さらに「継続は衰退。進化していかないと、自分自身にも仕事の悦びはない」として参加者を鼓舞し、セミナーの最後にKTSMの直近の進化として家族会を紹介しました。

 これまでもKTSMは一般から相談を受け付けてきましたが、KTSMに属す家族会を設け、家族会員と世話人(専門職)で一般からの相談に対応し、共に議論を深め、当事者家族の経験や発信をも社会変革に役立てていく、とのこと。

 また小山先生は別の機会に、
 「口から食べることをもっと大切に考える社会になっていかなくてはなりません。医療・介護・在宅(地域)に限らず、不断に食べることを支えるケアが提供される高齢社会へパラダイムシフトするには、食べられなくて困っている(かつて困った)当事者家族から窮状を訴える声が必要です。
 そこで家族会設立に至りましたが、始動して3カ月、活動の様子を見ていて家族が『食べさせたい』という思いを訴えるだけでなく、知識を得て、食事介助の実践力を備えることで事態をより早く好転できるという手応えを感じています」
 とも述べ、KTSMとして実践力を高めることを望む当事者家族のために教育の機会を設けるなど対処していく旨、示しました。

 つまりKTSM家族会は、食支援をただ待つ家族ではない組織ということです。
 KTSMから家族会へ、実践教育という高次の支援が始まり、KTSMセミナーで医療・介護専門職と机を並べて学ぶ家族がいます。世話人からサジェスチョンを得て、医療者と共通言語で、科学的に対話する家族も出始めています。
 こうした実践教育と対話の積み重ねは、学ぶ家族も、導くKTSMも、並大抵のことではないと想像に難くありません。
 しかし、包括的な食支援ができ、教育に携われる人材を育て、KTバランスチャートという誰もが理解しやすいアセスメントツールを開発し、広めてきた歴史のある小山先生とKTSMは、「継続は衰退」としてエポックメイキングを起こすのです。

 家族会世話人代表の竹市美加さん(看護師、KTSM副理事長、訪問看護ステーション「たべる」<兵庫県西宮市>経営)は、
 「医療専門職が食支援の研鑽を怠ってはならないと思う一方、口から食べるために当事者家族が知識を得て、適切な支援が受けられるように動く意義も大きく、家族会ではそのことを広く伝えていくことをめざしたい」
 と述べています。

 家族が包括的な食支援を理解し、自らもその実践者となって、医療や介護に携わる人に適正且つ不断の支援を求めるようになる。今その黎明期に在ります。
 筆者は今、食支援に限らず「脱おまかせ医療」の潮流があると感じていますが、KTSM家族会のような具体的な先駆例を知って、食支援に関わる専門職の皆さんはどのような感想をもたれるでしょうか。

(次回に続きます)