ルポ・いのちの糧となる「食事」
食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。
- プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)
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出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。
第135回 口から食べる幸せを守る会®が広げる
患者の食べる力を引き出す食支援 前編
はじめに
過日、小山珠美先生が主宰するNPO法人口から食べる幸せを守る会®(以下、KTSM)は第6回全国大会を開催(2018年7月8日、神奈川県横浜市)。その前日、都内でKTSM実技認定者(*)対象のブラッシュアップ研修を開催しました。
ブラッシュアップ研修の場では、小山先生が患者の食べる力を引き出す食事介助のために開発した「KTスプーン」を用いた実技演習が行われ、参加者一同、実際の困難事例を題材にケアの可能性を議論する活発な声などが聞かれました。
また、実技認定者の活動(改善事例)プレゼンでは、発表者それぞれが職場や地域でKTSMの理論と実践をどのように展開しているのか、マネジメントとその結果、展望について語られ、より一層の進展のため、みなでサジェスチョンを授け合う場面が見られました。
「KTスプーン」のご案内に併せて、ブラッシュアップ研修の様子も含め、KTSMが実践し、広げる食支援についてお伝えします。
「自分で食べる」をアシストする
信念に裏打ちされた食事介助
今回、小山珠美先生に取材をお願いしたのは、小山先生が食事介助研究の一端で開発した食具「KTスプーン」(イラスト)の発売を知ったからでした。
以前、本連載では小山先生のご著作「生きることは食べる喜び 口から食べる幸せを守る」(主婦の友社刊)をご紹介させていただき(119回)、小山先生が患者の食べる力を引き出す食事介助を研究し続けてこられたこと、徹底して食事介助の技術を磨き、患者それぞれの“口から食べる幸せ”に寄り添い続けてきたことを知っていました。
ご著作だけでなく、テレビ番組やSNS上などでも、小山先生とKTSMの活動については多く伝えられているので、2000人を超える患者の「食べる力の回復」という他に類のない実績に感服しています。
そのため取材では、その研究と技術を反映した食具を用いて食事介助をするご様子を拝見し、読者のみなさんに食具「KTスプーン」をご紹介する予定でした。
ところが、実際に小山先生やKTSM実技認定者のみなさんの実技演習を見て、「食べられない患者役」と「介助者」を体験させていただいて、ただスプーンを紹介するだけでは不親切だと気がつきました。
誰が使っても“食事介助がしやすいスプーン”ではあるのだと思いますが、それでは少々もったいない。包丁などでも、優れた道具ほど使う人を選ぶと言う通り、「KTスプーン」も、生かすかどうかは使う人次第だと感じたのです。
この記事を読んでくださる方には、優れた道具を生かす使い手になっていただきたく、少々長いご案内になります。
スプーン自体の特長は、イラストの解説註にある通りです。
すでにKTSMが食支援のPDCAサイクルを回すベースに用いている「KTバランスチャート」をよく学んでいる方や、自力で食べられなかった患者が、食べる力を取り戻すような“食支援の実践”を重ねている方なら、この解説註でスプーンの利点を理解し、膝を打つでしょうか。
しかし、そのような学びや実践をまだなされておらず、これから食支援に携わっていきたいと希望をもっている方にはぜひ、なぜ「KTスプーン」がこのような特長をもつのか理解し、実効のある食支援につなげるため、そもそも食事介助とは何かを学ぶ機会をもっていただきたいです。
それは、筆者自身この取材体験で改めて「食べられない」という状態や、そうした人への食事介助について理解が乏しいことを反省したからでもあります。これまで食支援の広がりを願い、そのように書いてきましたが、果たしてそれでよかったか。食支援が必要な人の状態をわかり、支援するということは、そうたやすくはないと再認識して、逡巡さえ感じました。
取材を振り返ると、どうやら食事介助というのは、食べられない状態にある人それぞれ、個々に異なる障害になり代わり、その人が自分でできることや強みを生かして、過不足なくアシストをすること。
その人本来の食行動が取り戻せるように伴走し、口から食べる「物性と内容」を段階的にアップしながら、栄養をつけ、さらに脳を活性化させ、生活への意欲を引き出し、自立を促す技術、その全体を指すようです。
専門職の方の食事介助が、自分で食べられない人にただ“ごはんを食べさせる”ではないのは当たり前かもしれません。とはいえ喫食量や栄養、誤嚥予防などに加えて、患者の生活(人生)の質を改善する『技術』を駆使する介助となると、いかがでしょうか。
患者の予後を案ずる“思い”だけでは、結果は出せない。患者のためはもとより、組織(職場)で食支援の価値が見直されるためにも、結果として“質量的な変化”を示すことが不可欠だと小山先生は話しました。
患者の状態に応じて姿勢を整え、食具を選び、食事に集中できる環境をつくり、おいしく食べられるように介助する技術の背景に「本来、食べられる人である」と信じ、臨床家として支える信念があります。
視線や肘の位置、介助のペース、一口量、スプーンの入り方、食べ物を運ぶ位置、舌への刺激などに注意を払いつつ、無駄な動きや時間を徹底的に排除して、和やかな食事ができ、次の食事の楽しみにつなげる介助は、とにかく「食べやすかった」の一語につきました。そのような技術の習得は容易ではないと思えばこそ、逡巡が生まれたのです。
そして演習で交わされていた言葉を聞き、手際を見せていただきながら、小山先生の著作の一文を思い出していました。
「体で覚えるのはとても難しいことです。プロのアスリートたちも、日々どうしたらいまよりいい技術で結果を出せるかを研究します。同じことをくり返えしているようでも、違いを発見したり、ひらめいたりして、少しずつそれをとり入れて進化させています。食事介助の技術も同様です」(「生きることは食べる喜び 口から食べる幸せを守る」より)
小山先生のこの言葉からも、食支援で結果を出していく大変さはうかがい知れます。
ただし、小山先生のように食支援を研究し、技術開発をし、「KTバランスチャート」のような体系化をなした先駆者に学べば、「決してたやすくはない食支援」も、誰にも平等に王道が開かれているということになります。
ゼロから開拓してきた先駆者と比べたら、どれだけ楽に進んでいけるか知れません。
そうそう、そもそも本稿の主題のはずだった「KTスプーン」など技術をサポートする商品もあります。先輩や仲間が大勢いて、今後、ニーズの増大に伴って仲間はさらに増え、より心丈夫に進めるでしょう。
そう気づいて筆者のためらいは消えました。やはり食支援が広がってほしい。そう書いていきたいです。
小山先生の著書「口から食べる幸せをサポートする包括的スキル KTバランスチャートの活用と支援(第2版)」や「KTバランスチャートエッセンスノート」(共に医学書院刊)で事前学習し、KTSMが主宰する実技セミナーなどで正しく学んで、患者の口から食べる幸せを守る人が増えることを切に願います。
このほどKTSM家族会発足により、学びは一般の人にも開かれていくので、筆者もこのタイミングで取材でき、気づけたことを無駄にしないよう学びたい。
次回はその家族会について、小山先生にうかがったことをご紹介します。
医療者ではない家族が「大切な人の口から食べる幸せを守る」と立ち上がりました。今回の全国大会を機に、KTSMの食支援は次のフェーズに進んだようです!
- * KTSM実技認定者
KTSMでは人材育成事業の一環で、希望する会員で、実技セミナー2回以上受講、事例査読や実技試験の合格など諸条件を満たした人に「実技認定者」資格を認める制度を設けており、2018年3月現在、全国で54名の実技認定者が活躍しています。詳しくはウェブサイトをご覧ください。
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