ルポ・いのちの糧となる「食事」
食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。
- プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)
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出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。
第129回 栃木保健医療生活協同組合宇都宮協立診療所
栄養科のこつこつ改革! Vol.3
はじめに
127回より、宇都宮協立診療所栄養科が行っている栄養ケアにおける地道な改革をご紹介しています。
退院後の患者の食べることも支え、生活の中の喜びを支えたいと、新しい取り組みに至った経緯をお伝えする3回目です。
患者の食べる環境に合わせて支援
想定外の食事情には多職種で挑む
宇都宮協立診療所では2017年6月から訪問栄養指導をスタートしました。
患者が退院する際には栄養指導をして送り出すものの、その後のケアができていないと胸を痛めている病院の管理栄養士の方は決して少なくないようです。筆者は、取材でよくそのように聞いています。今回、お話をうかがった鈴木美喜さんも同様で、
「お伝えした『指導』が果たして患者さんにとって実のあるものなのか? という疑問が年々、強くなっていました。
患者さんには外来診療時から長く関わることもあり、自ずとその家庭の介護力など、ある程度は把握できるので、考慮して指導をしています。
しかし、実際に普段、食べているものや、調理環境を見て、実効のある提案をしなければ、入退院という非常事態を乗り越えて、自宅に戻った高齢者の患者さんの栄養ケア、QOL支援にはならないのではないかと」(鈴木さん)
127回でもご紹介した通り、入院患者のほとんどが摂食嚥下機能の低下や廃用、低栄養、サルコペニアといった食べることに関係する問題を抱えていて、さらに、加療や入院によって喫食率が落ちたというより、入院前から十分に食べられていなかった患者も多いことが分かっていました。
入院中に食べることが支えられ、栄養ケアが行われても、退院した途端、元の食生活に戻ってしまえば、健康状態が加速度的に悪化し、ADLが低下すること、再発・再入院ということも危惧されます。
宇都宮協立診療所として、高齢者の在宅療養での栄養ケアの必要性を重くみていたタイミングに、鈴木さん達、専門職のモチベーションもあって、訪問栄養指導の取り組みが始まりました。
スタートから半年の間、8名の患者に対し、のべ18回の訪問を行い(取材時<2017年12月初旬>)、その振り返りをうかがったところ、危惧していた通り、退院時の栄養指導と生活環境とのギャップが見つかるなど、さらなる課題を確認したケースがありました。
一方、家族以外の支援者の存在が分かったり、介護を担う家族のADLやキャラクターが理解できたり、訪問した甲斐がある情報が多く得られるケースもあり、総じて、「患者さんやご家族の受け入れはとてもよく、実のある栄養ケアのために訪問を始めてよかった」と鈴木さんは話します。
中には、経済的な事情で問題の多い食生活となっている高齢者世帯であることに数回の訪問によって気づけ、ケアマネジャーなどとも連携し、多くの目で見守る必要を確認したケースもありました。
また、ヘルパーと時間を合わせて訪問するなどもあり、情報交換の機会が増え、多職種と関わることの大切さを再認識した、ということです。
「患者さんの食の悩み、例えば、食生活が充実していなくて、充実させようがない状況にある例や、調理も買い物も自分でしたいことができない苦悩などに接することもあり、食べる喜びを支えるむずかしさを痛感することも多いです。
しかし、患者さんの生活の中で大事な食の喜びを支え、ご家族の『しっかり食べてほしい』という願いを支えられるように、学びながら地域に出続けたいです」(鈴木さん)
食事を充実させられる術をより学びたいと話す鈴木さんは、今後は食形態に限らず、食事介助や食姿勢についてより学びたいと、小山珠美先生が主宰する「口から食べる幸せを守る会」の勉強会などに参加し、学んでいると話してくれました。
食べることのケアは、患者の生活全般に関わる“生きることのケア”でしょう。地道な取り組みの積み重ねで小さな変化を起こしていく繰り返しではないかと思います。3回でご紹介した宇都宮協立診療所栄養科の取り組みも、地道にプラスの循環を生んでいく取り組みで、本当に尊く思いました。
こうした目の前の患者に向き合った食支援の好循環が、広がり、スタンダードとなることを願います。そして、このような取り組みを、もっと取材し、書かせていただきたいです。自薦他薦は問いませんので、ぜひ、「うちはこうした・している・する予定」という情報を編集部までお知らせください。