ルポ・いのちの糧となる「食事」
食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。
- プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)
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出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。
第125回 介護レストラン~あの味をもう一度
在宅高齢者の願いを専門職と市民で叶える Vol.4
はじめに
122回でご紹介した「介護レストラン」(広島県廿日市市にて2017年10月3日開催)が実現した背景にあり、2014年から今も続いている取り組み「<暮らしの中の看取り>準備講座」について、123回よりご紹介しています。
「最期までより良く生きる」を援助できる
気づきにつながる学びと実践
前回までにご紹介した通り、「<暮らしの中の看取り>準備講座」は一般市民と、医療・介護の専門職が共に「緩和ケアとは何か」や「より良い看取りとはどのようか」を学ぶ導入講座に始まり、「がん」「認知症」「食支援」「傾聴」をテーマとしたステップアップ講座を加え、地域でインフォーマルサービスを実践する機会を創造するなど、進化しています。
「傾聴」に関しては、まず、話を聴くこと・聴く力について知り、援助者として話を聴くノウハウについて学ぶだけではなく、参加者同士が人生のものがたりを聴き合うグループワーク「いきものがたり」を行い、“親身になって聴いてもらうとうれしい”という体験を大切にしてきたそうです。
講座を主宰してきた大井裕子先生(社会福祉法人聖ヨハネ会桜町病院ホスピス科医長)と、講座の運営にも参加する「はつかいち暮らしと看取りのサポーター」となった地元寺院のご住職による「がんよろず相談」もスタートしていて、「食支援の学びと実践」と同様に、「聴く力を養う」学びを経て、地域での実践の形が模索されています。
この「聴く力を養う」学びも、大井先生の著書「<暮らしの中の看取り>準備講座」の第5章に基本部分がまとめられており、それは「食べられない」「食べたくない」といった患者の食の苦痛も含め、あらゆる苦痛に対して緩和ケアに挑むとき、患者にとっても、援助者にとっても、とても大切なことだと説かれています。
「いつも『これからどうしていくか』を考える中心には患者さんがいるということです。患者さんを抜きにして周りだけで考えることなく、本人の思いはどうなのか? に立ち返ることです。」(同書「おわりに」より抜粋)
ホスピス医として患者と向き合い、患者がより良く生き切ることを支えている大井先生が、緩和ケア、ひいてはより良い看取りとは、そばにいる人が“自分に援助できることがあると気づくことから始まる”という覚悟で、患者の思いを聴くことに心を砕いてきたことがうかがい知れます。
大井先生に「<暮らしの中の看取り>準備講座」を始め、それを著書にまとめた思いをうかがったところ、
「不安を抱えながら看取りに関わる人たちに、自分たちにも援助できることがあると気づいていただけるよう、ヒントになるようなことをお伝えしたかった」
と話してくださいました。
一般の人はもとより、医療や介護に携わる人も、人生の最終段階にある人が望んでいることは何か、理解しようとすることを学ぶ機会が少ないでしょうか。
理解しようとせず、ただ不安なまま人を見送った後に残る悔いや贖罪の感情は、筆者も経験したことがあります。
「患者さんの思いを聴き、その苦しみが少しでも緩和され、患者さんやご家族の支えになることができたら、『こんな風にできて良かった』という記憶が援助者に残ります。
ご家族の場合は、その経験が、ご自身がより良く生きることを考えるきっかけにもなるかもしれません。今後増えていく『地域での看取り』に関わっていく、動機になる可能性もあります。
そして専門職の場合、これまで積極的に関われなかった看取りに、自信をもって関わっていくための体験になるかもしれません。丁寧な関わりの積み重ねが成功体験として蓄積され、地域に支えられる人が増えていくことを願っています」(大井先生)
大井先生は廿日市市に限らず、多摩地区など他地域でも援助者養成に取り組み始めているほか、一般並びに医療・介護関係者向けの講演等においてもより良い看取りの広がりを訴え、医科・歯科教育の中での看取り教育にも取り組み始めています。
準備講座 中外医学社刊