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ルポ・いのちの糧となる「食事」

下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。

プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。

第107回 “しっかり食べて、出す”を支えるために 
知っておきたい高齢者の排せつの悩み(Vol.3)

はじめに

 連載105回より、全4回で訪問看護師の長川清子さんに、在宅療養する人や家族から相談を受けることが多い排せつの悩み、問題についてお話をうかがいっています。長川さんは、一般社団法人東京都北区医師会在宅療養相談窓口で専門職からの相談にのる傍、在宅への訪問看護を行っています。
 初回は主に排せつケアにおけるコミュニケーションの基本と、尿失禁対応についてうかがい、Vol.2では高齢者の排せつに関するトラブルで最も多い便秘について基本的なことをうかがいました。今回は、高齢者に多い便秘についてうかがったことをまとめます。

高齢者に多くみられる
「弛緩性便秘」と「直腸性便秘」

 長川さんは訪問看護をする中、在宅療養について専門職からの相談を受けていて、「高齢者の便秘が問題になることが大変多いと実感する」と話します。
 高齢者に多いという、腸のはたらきが弱ることで起こる2つの便秘は以下のとおりです。

弛緩性便秘:腸の蠕動(ぜんどう)運動が悪くなって起こる

<原因>
  • ・生活習慣の変化
  • ・食事の変化
  • ・水分不足
  • ・腸内環境の悪化
  • ・食事をとる口の機能の低下(噛めない、義歯が合っていない、歯周病がある)
  • ・心配事によって起こる不眠やストレス
  • ・運動不足
  • ・普段の姿勢(円背などで内臓が本来あるべき位置からずれ、腸がよく動かない)
  • ・薬の影響(便秘薬の使いすぎも含む)
  • ・病気・治療の影響
  • ・経管栄養の影響
  • ・手術の影響

「大腸は、盲腸→上行結腸→横行結腸→下行結腸→S状結腸→直腸からなっています。食べ物の残りかすは液状で大腸に送られ、蠕動運動によってこのルート上をたどる過程で、徐々に水分が吸収され、固まります。しかし、蠕動運動が弱ると、大腸のあちこちに便が残り、なかなか直腸へたどり着かず、排出されません。
 大腸にとどまる時間が長い分、水分を失った便は硬くなり、さらに出にくくなる悪循環が起きます。長く腸にとどまっている宿便はガスを発生するため、お腹が膨らんでくることが多く見られます。
 在宅医療や介護保険を利用している人は在宅医や訪問看護師、ケアマネジャーに相談して、原因が医療的なケアを必要とするかなどを確かめ、必要に応じて適切な専門ケアを受けると共に、生活の中で腸のはたらきを高める予防的セルフケアが必要です」(長川さん)。

直腸性便秘:大腸の出口に当たる直腸に硬い便が溜まり、自力で出すことができなくなってしまう

<原因>
  • ・排便姿勢(排便に適した「考える人」の座位がとりにくい、とれない)
  • ・排便機能の廃用(肛門括約筋や肛門挙筋など排便するときに使う筋肉などが低下している)

など

「横になって過ごす時間が長い人、寝たきりの人に多く見られる便秘です。本来、便が直腸に至ると、直腸の壁が伸びることが刺激となって、便意が起こります。しかし、そのときに排便できなかったり、刺激への感受性が低下して便意がなかったりすると、便が溜まるのです。腹筋や肛門付近の筋肉の力が弱り、いきめなくなることも影響している場合があります。
 直腸に溜まった便のことを嵌入便(かんにゅうべん)と言い、そのせいで肛門は締まりが悪くなります。このとき下剤を使うと下痢が起き、嵌入便の隙間を、下痢状の便が流れ出て便失禁が起こり、便秘の解消にはならないことが多いです。
 嵌入便があるときは、まずそれを出し切ることが大切です。嵌入便の状態によって摘便または座薬や浣腸で嵌入便を取り除いてから、弛緩性便秘と同様に腸のはたらきを高める予防的ケアが必要です。摘便は医療行為に当たるので、訪問看護師かご家族が行うことになります。
 単に便を取り除くだけではなく、便の排出に合わせてご本人にいきんでもらったり、下腹部の指圧(後述、『の』の字指圧)を併行して、自然な排便の感覚を取り戻してもらうように誘導することも大切です。
 介護職の方が嵌入便に気づいたり、嵌入便の可能性に気づいたら、ご家族やケアマネジャーを通じて適切なケアにつないでください。
 また予防的ケアを自力で行うことが難しい状態の高齢者の場合は、ご家族並びに介護職の方、在宅医療にかかわる皆で自然な排便周期を取り戻すことを目標にケアしていきましょう」(長川さん)。

 次回に続きます。

  • * 予防的セルフケアについては次回に述べる
  • * 在宅医療や介護保険を利用していない高齢者の場合は地域包括支援センターの看護師などに相談し、医療的なケアを必要とするか確かめ、適切な専門ケアを受ける

プロフィール
●長川清子(おさがわせいこ) 訪問看護ステーション所長、東京都立北療育医療センター勤務などを経て現職。仕事の傍、東京都訪問看護ステーション協議会「訪問看護の質向上の為の体系的教育プロジェクト」のワーキンググループメンバーとして未来の在宅医療を担う人材を育てるための訪問看護士のキャリアラダー開発に取り組んでいる。

イベント案内
一般社団法人エンドオブライフ・ケア協会
設立2周年シンポジウム
ここからはじまるエンドオブライフ・ケア
~超高齢少子化多死時代における”つながり”を考える~
Beginning of End-of-Life Care
4月22日(土曜日) 13:00-17:00(12:30開場)
 総合司会として長尾和宏先生(同協会理事、長尾クリニック院長)が登壇し、小澤竹俊先生(同協会理事、めぐみ在宅クリニック院長)の活動報告のほか、小野沢滋先生(同協会理事、みその生活支援クリニック院長)、西川満則先生(同協会相談役、国立研究開発法人国立長寿医療研究センター 医師)、戸松義晴氏(増上寺塔頭 心光院住職)、金子稚子氏(ライフ・ターミナル・ネットワーク 代表)の講演が予定されています。
 超高齢少子化多死時代において、途切れているさまざまな“つながり”について考える機会としたい、とのこと。介護職の方々が地域づくりを推める中で、大いに参考になるテーマと考えられます。終了後は、会場にて1時間ほど情報交換の時間も設けられるそう。ぜひ足をお運びになり、貴重なディスカッションに参加すると共に、登壇される先生方と直接お話しする機会をもっていただきたく、ご紹介しました。
  • ◆場所:笹川平和財団ビル11階国際会議場
    〒105-8524 東京都港区虎ノ門1-15-16
  • ◆費用:一般:3,000円/会員:2,000円

  • * この連載では第89回に設立1周年記念シンポジウムについてお伝えし、第100回に同協会が運営するエンドオブライフ・ケア援助者養成基礎講座についてご紹介しました。ご興味がある方は併せてご一読ください。