ルポ・いのちの糧となる「食事」
食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。
- プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)
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出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。
第103回 会食多く、お餅を食べるこの季節!
高齢者の誤嚥・窒息を防ごう(後編)
はじめに
前回に引き続き、日本歯科大学大学院生命歯学研究科臨床口腔機能学教授、口腔リハビリテーション多摩クリニック院長・菊谷武先生がご登壇されたメディア記者向けセミナー「高齢者の嚥下障害と食事の工夫」においてうかがったお話をまとめます。
会食の機会が重なり、高齢者が好むものの食べにくい“お餅”を食べる機会の多い年末年始を迎えました。高齢者の食支援に当たる人が、改めて誤嚥と窒息について確認し、高齢者の摂食嚥下機能に合った安全な食事を提供して、食べる力が維持されるようケアをしていきましょう。前回の「誤嚥」に続き、今回は「窒息」についてまとめます。
正月のお餅で窒息ゼロを目指し
折々声がけで「注意喚起」を!
菊谷先生はじめ多摩クリニック勤務の専門職のみなさんは毎年12月になると患者さんやご家族に「お餅による窒息事故の予防」を呼びかけているとのこと。そして年始には必ずと言っていいほど、数人から「聞いておいてよかった」「窒息事故を防げた」と言葉をもらうそうです。
それだけ、お餅による窒息事故の危険は身近な問題。事故ゼロを目指すには、食べ物による窒息事故の危険と、起こしやすい食べ物、予防法、食べ物が喉に詰まったときの対処法をみなで知り、危険がある人やご家族に伝えることが大切です。
ぜひ、この記事を読んだら、共に介護に携わる人や身近な高齢者、ご家族に注意を促し、広めましょう。
「お餅をはじめ、『喉に張り付きやすい食品』や『水分量が非常に少ない食べ物』などは、窒息を起こしやすく、またどのような食べ物も、一口量が噛み、飲み込む力に合っていない量・大きさだと窒息を起こします。
年間で見ると、交通事故で死亡する人よりも、食べ物による窒息事故で亡くなる人のほうが多いのですが、窒息事故の危険はあまり知られていません。みなで情報共有しましょう」(菊谷先生)。
窒息を起こしやすい食べ物(誤嚥しやすい食べ物も)と予防法は以下の表を参考にしてください。また、そもそも摂食嚥下機能レベルに応じ、どのような食べ物が安全なのか、食形態については多摩クリニックが運営窓口をしている嚥下調整食・介護食の食形態検索サイト「食べるを支える」に詳しいので、参考にしましょう。
菊谷先生は嚥下調整食学会分類で示す食事がどのような具合の食べ物を指しているのか、食支援に当たる人の規範の統一をめざして、情報公開しています。摂食嚥下障害の治療が可能な医療機関を探すことができるウェブサイト「摂食嚥下関連医療資源マップ」のリンクもあります。
分類 | 属性 | 物性 | 食品例 | 誤嚥や窒息を防ぐ方法 |
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誤嚥しやすい | 喉を通過する速度が速いもの | 水やお茶、口の中で水分と固形物が分離しやすい食べ物 | 高野豆腐、がんもどき、果汁の多い果物など | 飲食する物にとろみ調整食品を使ってとろみを付け、水分がゆっくり、まとまって飲み込めるようにする |
口の中でばらけて、まとまりにくいもの | 口の中や喉に残りやすい食べ物 | せんべい、クッキー、きざみ食 |
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誤嚥 ・窒息しやすい |
喉に張り付く・残りやすいもの |
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窒息が起こると、息が荒くなります。食べ物を詰まらせてしまった場合は、即座に救急車を呼び、窒息の危険を伝えると、救急隊員が駆けつける前にするべきことを教えてくれるので、指示に従いましょう。
水を飲ませるのは誤った対処法です。絶対にやめましょう。そのままの姿勢で背中を叩くのも余り意味がありません。
要介護者に前かがみになってもらい、介護者は後ろにまわり、要介護者の背中の中央より少し上あたりを強く叩くと、詰まった物を吐き出せることがありますが、すべて吐き出せず、かけらが残っている可能性があり、しばらく様子を見る必要があります。
「高齢者が誤嚥を起こすことが多いのはお茶や味噌汁、窒息はお餅です。長年、食べ続けてきた、身近な、よく食べる物です。摂食嚥下機能が低下しても、食べ続けたい物でしょう。
嚥下機能を回復させることはなかなか困難です。安全に食べ続けながらケアや訓練を重ねていくチャレンジは大切ですが、命にかかわるリスクを伴うこととして、慎重に、丁寧に行っていく必要があります。
まず取り組むことは、摂食嚥下機能悪化を防ぎ、低栄養やフレイル、サルコペニアを予防し、 ADLやQOLを維持していただくため、安全に食べられるように配慮して、しっかり食べていただくこと。食べることを支える介護職のみなさんやその他の専門職が、繰り返しご本人、ご家族、ケアに携わる面々に声がけし、情報提供と注意を促すことが大切です」(菊谷先生)。