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ルポ・いのちの糧となる「食事」

下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。

プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。

第102回 会食多く、お餅を食べるこの季節! 
高齢者の誤嚥・窒息を防ごう(前編)

はじめに

 11月29日、「高齢者の嚥下障害と食事の工夫」をテーマとした特別セミナーがメディアの記者向けに開かれ、日本歯科大学大学院生命歯学研究科臨床口腔機能学教授、口腔リハビリテーション多摩クリニック院長・菊谷武先生が、高齢者の誤嚥と窒息を防ぐ大切さを呼びかけました。
 日々食支援に当たっている介護職、介護者の方には「釈迦に説法」のこともあるかもしれませんが、会食の機会が重なり、高齢者が好む食べ物のひとつであるものの、とても食べにくい“お餅”を食べる年末年始はとくに注意が必要です。
 高齢者の食べることを支える人が、改めて誤嚥と窒息について確認し、高齢者の嚥下機能に合った安全な食事を提供して、食べる力が維持されるようケアをしていきましょう。今回は誤嚥についてまとめ、次回、窒息についてまとめます。

生涯にわたり口から食べるために
食べる機能に合わせて食べる

 高齢者の摂食嚥下機能低下の原因は、食べるために使う口や喉の筋肉が低下することのほか、歯の欠損や義歯の不具合、病気や薬の影響などさまざまで、ひとつとは限りません。入院で、わずかの間、禁食だっただけでも、退院後、入院前より飲食が困難になるケースは多いですし、比較的健康な人でも、サルコペニアやフレイルが徐々に進行し、食べることが難しくなり、食が細くなって、さらなる筋力・体力低下を招く悪循環を起こすこともあります。
 食べる機能を低下させないためには、機能に合っていて、安全に食べられるものをしっかり食べることが必要なわけですが、多摩クリニックの調査によると、嚥下機能に見合う食事をとっていない高齢者が多いことが分かっています。

自宅で療養中の人
  • 機能に合っていない食事をしていた人 68%
    このうち、機能より高レベルの食事をとっている人 56%
         機能より低レベルの食事をとっている人 44%
施設に入所している人
  • 機能に合っていない食事をしていた人 35%
    このうち、機能より高レベルの食事をとっている人 51%
         機能より低レベルの食事をとっている人 49%

 高レベルの食事をしている人は、その状態が続けば誤嚥や誤嚥性肺炎、窒息のリスクが大きく、低レベルの食事をしている人は、その状態が続けば摂食嚥下機能の低下、廃用を招く可能性があると言えます。
 菊谷先生はとくに高レベルの食事をしている人の誤嚥性肺炎や、窒息を防ぐため、訪問診療では安全に食べられるよう“とろみをつける方法”を伝えて回っていると話し、食形態が合っていないことによる誤嚥や誤嚥性肺炎のリスクを説きました。

「とろみ調整食品は多数発売されていて、それぞれ商品設計が異なるため、『力価(りきか、とろみの強さ)』が異なります。そのため病院の退院指導で習っても、家や施設でうまくいかないという場合も少なくありません。そこで各社商品の力価を示す表を当院が運営窓口をしている嚥下調整食・介護食の食形態検索サイト『食べるを支える』に公開しました。
 現在はまだ、とろみ調整食品利用の価値を感じないまま、使用を止めてしまう人がいます。とろみさえ付ければ安全に食べ、飲めるものが増え、食を楽しむことを諦めず、食べ続けられるのですから、ぜひもっと活用してもらいたい。
 また、嚥下調整食学会分類で示す食事がどのような具合の食べ物を指しているのか、食支援に当たる人の規範の統一をめざして、情報公開しています。摂食嚥下障害の治療が可能な医療機関を探すことができるウェブサイト『摂食嚥下関連医療資源マップ』のリンクもあります」(菊谷先生)。

 誤嚥を防ぐには、次のような配慮が必要です。

分類属性物性食品例誤嚥や窒息を防ぐ方法
誤嚥しやすい喉を通過する速度が速いもの水やお茶、口の中で水分と固形物が分離しやすい食べ物高野豆腐、がんもどき、果汁の多い果物など飲食する物にとろみ調整食品を使ってとろみを付け、水分がゆっくり、まとまって飲み込めるようにする
口の中でばらけて、まとまりにくいもの 口の中や喉に残りやすい食べ物 せんべい、クッキー、きざみ食
  • ・ 食事のペースを落とす
  • ・ 飲み込む力に合わせた一口量にする
  • ・ 飲み込んだ後、意識的にもう一度ごくんと飲み込む(唾を飲み込むイメージ<追加嚥下>か、とろみのある水分、ゼリー飲料などと交互に食べ物をとる<交互嚥下>も)
  • ・ とろみ調整食品やつなぎ食材(例:とろろ、卵、マヨネーズ)を利用して、まとまりがあり、飲み込みやすい柔らかさ、水分量に調整する
誤嚥
・窒息しやすい
喉に張り付く・残りやすいもの
  • (1)喉に張り付きやすい食品
  • (2)水分量が非常に少ない食べ物
  • (1)餅、ごはん、パン、肉、魚、海藻、葉野菜
  • (2)固ゆで卵、ふかし芋、ポテトサラダ

「味噌汁」は高齢者が好むものの汁と具材の大きさや固さ、物性が違いすぎると誤嚥を招きやすい

 誤嚥をして、高齢者がむせている場合については、

「むせは誤嚥した食べ物を出そうとして起こる反射ですから、“むせ切る”ことが大切。水分は誤嚥しやすいので、水を飲ませるのはもってのほかです。
 要介護者に前かがみになってもらい、介護者は後ろにまわり、要介護者の背中の中央より少し上あたりをトントンと叩くと、誤嚥した物が吐き出せることがあります。
 また、高齢者には誤嚥していてもむせない『不顕性誤嚥』も少なくありません。
 これは分かりにくい症状ですが、放置すると誤嚥性肺炎のリスクが高まります。

  • ・ 食事にかかる時間が非常に長くなった
  • ・ 食べた後に声がかすれている
  • ・ 食べた後は喉がごろごろする
  • ・ よく痰がからむ
  • ・ 咳払いができない
  • ・ 微熱を繰り返す

などがあれば、摂食嚥下機能について専門的な検査や治療を受ける必要があります」(菊谷先生)。

 なお、高齢者の場合とくに食事と関係なくむせ込むこともあります。誤嚥は唾液でも起こるためです。

「とくに眠っている間は唾液を誤嚥しやすく、口の中が不潔だと唾液の中に含まれる細菌が肺に入り、誤嚥性肺炎を起こす原因になるので、予防のためには口の中の衛生を保つ口腔ケアが欠かせません。
 また、胃ろうなど経管栄養をしている場合にも、食べることとは関係なく、胃からの逆流でむせ込むことがあります。むせが続く場合は、すぐに主治医や看護師などに連絡を取りましょう」(菊谷先生)。

 次回に続きます。