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ルポ・いのちの糧となる「食事」

下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。

プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。

第100回 あなたならどうする 
学べる! 苦しむ人と向き合うプロの作法

はじめに

 「在宅へ」。「地域で」。医療・介護の分野で仕事をしている方は毎日のように耳にする言葉かもしれませんが、それが現実のものとなることに対して、どんな思いがあるでしょうか。
 私は個人的な体験や取材、勉強のおかげで少しは医療・介護の現状、展望を知ることができ、一市民として「在宅」「地域」には多くの課題があると感じ、一般市民も医療・介護について無知・無策でいると“残念な人生になる、家族を守れない”という思いが強くなっています。
 このウェブサイトをご覧になる介護職の方はどう思っておられるでしょうか。
 とくに介護施設で、人生の最終段階にある人を多く受け入れ、お看取りすることが増えていくことに対し、心配はないですか? あるいは、準備ができているでしょうか。
 これまで本連載は主に食支援を紹介してきましたが、今回は食支援も含まれる“人生の最終段階にある人への支援”を学ぶことができる「エンドオブライフ・ケア援助者養成基礎講座」のご紹介をします。連載100回の記念に、読者である介護職の方へ謝意を込めて、今、皆さんを勇気づけ、奮い立たせると筆者なりに思う講座をご紹介させていただくことにしました。

介護の現場で避けられない課題が
“ケアの質を高める”チャンスになる

 エンドオブライフ・ケア援助者養成基礎講座(以下、ELC講座)は、一般社団法人エンドオブライフ・ケア協会(以下、ELC協会)が運営するもので、人生の最終段階に対応できる人材を育てるプログラムです。
 ELC協会については過日、設立1周年記念のシンポジウムを取材した記事で述べたので、今回は、講座についてご紹介します。
 筆者は8月に東京都内で開かれた第16回ELC講座に取材参加させていただきました。ELC講座は全国で第19回を数え、1100名を超える医療・介護従事者が受講しています(2016年10月末現在)。
 1回が2日間のプログラムで、両日共終日、ELC協会理事・小澤竹俊先生(めぐみ在宅クリニック院長)から直に講義を受け、ペアやグループでのロールプレイを交えて、「現在の医療・介護の課題」と「人生の最終段階に共通する自然経過」「症状緩和」「援助的コミュニケーション」を学びます。
 とくに、人生の最終段階にある人が抱えているスピリチュアルペインに対して、多職種連携で、または1対1で、どのようなケアができるか段階的なワークを通じて考え、体験します。

 もう死にたい。先に亡くなった家族のところへ逝きたい。
 まだ死にたくない。死ねない。なぜ自分が? 死ぬのが怖い。
 治療の術のない利用者が「死」を見つめ、そんな言葉を投げかけてきたとき、介護職として身近にいる“私”ができることは何か。人生の最終段階にある人が“私”に望んでいるのはどのようなことか。残された時間が短い中、より豊かに関わるために“私”は何をすることができるか。

 介護の現場で向き合うことになる課題。
 食事がとれなくなり、自力で立つことが難しくなって、悲嘆する人を前に、1人で考え、答えを見出すのはとても難しいけれど、応えることができなければ、応えられないことに苦むかもしれない課題。そのままにしてはおけない“私”のテーマではないでしょうか。
 そうした課題と、向き合い方をも変える援助的コミュニケーションを「私役」「利用者役」双方向体験します。
 二役やることにより、援助者の“私”が“利用者”に向き合ってくれたときの安心を体験することになります。反面教師的に援助者としては不適切な態度をとる“私”が“利用者”に関わったときのかなしみ、怒りも味わいます。
 安心と不快。その差は明らかです。
 体験によって、プロフェッショナルな援助者が人生の最終段階にある人に向き合う意義を予感しました。「予感」というのは、意義は「現場での実践の中」にあることで、ロールプレイでは予感なのです。
 しかし、きっと実践を重ねる中でも揺さぶられることはあるから、立ち戻ることができる原点として、この予感が貴重だと思いました。
 そして筆者は専門職ではない人の、普段の人間関係においても、ときと場合により援助者として“私”の勝手な思惑を挟まない対応が、すべての人の尊厳が保たれる社会生活には不可欠だと感じました。
 ですから介護職の方が、援助的コミュニケーションを仕事の場で実践することが、介護施設のスタッフ間、ご家族、地域社会に及ぼす影響も、尊いと思ったのです。尊いものは、巡り巡って、やがて自分に返ってくるので、援助的コミュニケーションは嬉々として学ぶ価値があると思います。

 さらに講義では、人生の最終段階にある人と向き合うことによって傷つき、かなしむ“私”をどのようにケアし、成長していくかも学びます。
 援助者も支援が必要な存在であることが学べることも、ELC講座の特長の一つでしょう。利用者のスピリチュアルペインと誠実に向き合うため、介護の仕事を続けるため、「支える人にも支えが必要」と理解を深める体験を、ぜひ多くの方にしていただきたいです。
 ELC協会の活動は、誰もが人生の最期まで援助的コミュニケーションに支えられ、平穏に看取られる。看取りに関わった人も共にかなしみの中に学び、自己肯定感や生命の悦びに気づく。そんな新しい看取り文化の創造を目的としていて、介護職を文化の担い手になり得る存在と期待して、受講を呼びかけています。
 あなたは、「在宅へ」「地域で」という今、どうするでしょうか。

 「あなたならどうする」は歌手・いしだあゆみさんのヒット曲。1970年にリリースされた歌ですが、90年代にCM起用で再ブレイクしたため、多くの方の記憶に残る昭和の名曲の1つでしょう。歌謡曲を本稿のタイトルにしたのは、筆者のELC講座へのオマージュです。
 2日に亘るELC講座は、人生の最終段階にある人への対応を学ぶもので、じっくり考え、たっぷり想像し、言葉を探すため、脳とハートをフル稼働することになります。
 最後には身近な参加者が「くたくた~!」「脳が筋肉痛になりそう~!」などと口にするのに同感。しかし皆さん、晴れやかな表情で、修了後の記念撮影に臨んでいたのが印象的でした。
 小澤先生の講義と受講者同士の対話は楽しく、濃密な時間だった。人生の最終段階にある人と向き合う自信を養い、仲間もできた。勇気凛々。表情が物語っていました。
 それで「終わり」ではなく、むしろ「始まり」。実際に苦しむ人から逃げず、誠実に向き合うというのは容易ではないと想像でき、頭が下がります。
 とはいえELC協会は修了者や「エンドオブライフ・ケア援助士」の認定を受けた人のフォローアップ講座、事例と情報共有等のコミュニティ運営も行っているので、それらを活用し、援助の質を高めていくことができる、とのこと。同志のつながりも深めていけるそうです。
 なぜ余命いくばくもない人の「生きる」を支えるためにはたらくのか。目の前で苦しんでいる人と同じ、限りある命を生きる援助者として自身の確信を深めながら、ぜひ新しい看取りの文化を地域に広めていく、オピニオンリーダーになっていただけるよう期待します。