ルポ・いのちの糧となる「食事」
食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。
- プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)
-
出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。
第98回 介護食とユーザーをつなぐ
暮らしの保健室かなでの料理教室(前編)
はじめに
「暮らしの保健室かなで」(以下、「かなで」)室長の福田英二さんに初めてお会いしたのは、2015年末に開催された某会合の席上でした。
名刺を交換させていただくと、福田室長の名刺はハガキサイズで、そこには「かなで」の設立意図と地域の高齢者やボランティア活動に関心がある人に向けたメッセージ、「10年後の未来を創りましょう!」という呼びかけが書かれていて、なるほどこれだけの熱い想いは名刺大には収まりきらないと納得。とはいえ名刺入れには入らなくて、どうやって保管しよう⁉︎ と、すこし悩ましく思ったことを記憶しています
その後、一度「かなで」を訪ねたいと思いながら、なかなか機会がなかったのですが、介護事業者を通じて、介護食を必要としている人に介護食のデリバリー行っている株式会社フロー介護事業部「モッテコ事業部」のご案内で、「かなで」にて料理教室が開かれることを知り、念願叶って訪ねることができました。
2016年7月20日と8月24日の2度に亘り開催された料理教室の模様をお伝えます。
季節感ある介護食利用法を伝授
「夏バテ予防」と「栄養のとれる洋食」
「かなで」は、江戸川区を中心に在宅への訪問歯科診療を積極的に行っているこばやし歯科クリニック(院長・齋藤貴之先生、東京歯科大学口腔健康学講座摂食嚥下リハビリテーション研究室非常勤講師)が設立した一般社団法人という経緯もあり、2015年の設立以来、在宅への食支援の広がりを重視した活動を続けています。
料理教室を企画したのは、市販されている介護食が、介護現場で働く介護専門職や一般にまだあまり知られておらず、介護食を製造・販売する食品メーカーと介護専門職や一般が直接対話する機会もほとんどないため、そのような機会を創造することが目的です。
地域に開かれた“保健室”として、地域住民(高齢者など食支援を必要とする人、介護をする家族)に直接的な食支援を行うばかりでなく、地域住民が食支援とつながりやすくする活動、地域住民の生活にマッチした食支援を提供できる企業や専門職を増やすことを志向しています。
そこで料理教室は、
- ・ 食品メーカーから在宅介護関係者、一般へ商品と使い方を伝える
介護食の物性、味、使い方、価格、買い方、保存性を知ってもらう - ・ 商品そのままではなく、少し調理を加えたアレンジレシピとする
日常の食生活に取り入れる方法を知ってもらう - ・ 講義型のセミナー形式ではなく、参加型にする
知ったことを体験してもらう。経験を広めてもらう
スタイルとなりました。
第1回 7月20日
第1回目の料理教室のテーマは「夏バテ予防のかんたんメニュー」。在宅介護の場ですぐに実現できるメニューを伝えるため、調理は電子レンジを利用し、直火や刃物を使わずにできる料理の提案でした。
この回は、福田室長との縁で「かなで」の活動に協力しているという管理栄養士・中村育子先生(福岡クリニック在宅部栄養課課長、足立区)が献立と調理解説、栄養指導を担当し、
「訪問栄養指導に行くと、食欲が減退し、冷たいものばかりとっている方、たんぱく質不足が見受けられる方が多く、食生活改善をしなければ『夏が終わる頃には低栄養』になりかねない」(中村育子先生)
と注意喚起した後、キユーピーならびにマルハニチロの商品に、手軽に調達しやすい食材(野菜や豆腐、ヨーグルト)を「切って加えるだけ」「加えて電子レンジにかけるだけ」、または「混ぜるだけ」の料理(デザート)レシピを紹介しました。
参加したのは近隣の事業所の介護職や薬局、歯科の専門職、東京聖栄大学の栄養士をめざす学生達など約20名で、中村先生の説明&デモンストレーションを見た後は、手軽な調理を体験、試食。その後、キユーピーならびにマルハニチロ両社から使用した商品の紹介と商品開発についてプレゼンテーションがあり、参加者は商品を使用した感想を披露して、交流が図られました。
デモンストレーションを見る、プレゼンを聞くだけでなく、参加者が商品を開け、一手間加えて、食べてみたことによって、
- ・ 一手間を要介護者に手伝ってもらうことによって食欲が湧くかも
- ・ 手軽な調理を手伝ってもらうことはリハビリになるかも
- ・ 高齢者にはこのパッケージは開けづらいかも、こういうものが開けやすい
といった意見が交わされ、参加したメーカー以外のメーカーのものも含め「使い勝手がいい介護食」の紹介、栄養バランスをアップするヒント、売り場の案内など情報交換が行われていました。
第2回 8月24日
第2回目のテーマは「おいしく栄養がとれる洋食メニュー」。今や高齢者も洋食やエスニック料理を食べつけている世代で、介護食も多彩な味が求められますが、中でも既に家庭料理の定番となって久しい「カレーライス」の栄養強化バージョンとデザートが提案されました。
この回は、ハウス食品と日清オイリオ両社のコラボレーションで献立が構成され、両社からの商品と栄養に関するプレゼンテーションの後、両社提案のレシピを近隣の薬局勤務の管理栄養士が再現し、参加者で試食するというスタイルでした。
ハウス食品の「やわらかビーフの欧風カレー<UDF区分2>」は、たんぱく質を強化する意図で卵や大豆を加える提案。ライスは、軟飯に日清オイリオの「MCT(中鎖脂肪酸油)オイル・パウダー」「プロテインパウダー」を加えたパワーライス(*注)でした。150gの軟飯のエネルギーが305kcal、たんぱく質5.8g、中鎖脂肪酸油13.1gに強化されたごはんです。
さらに、ハウス食品の「フルーチェ」に日清オイリオの「MCT(中鎖脂肪酸油)パウダー」を加えたデザート、野菜ジュースとバナナ、日清オイリオの「トウフィール」「MCT(中鎖脂肪酸油)オイル」で作るスムージーも提案されました。
参加したのは近隣の事業所の介護職や拠点病院の地域医療連携室職員や管理栄養士、薬局勤務の管理栄養士、歯科の専門職など約25名で、参加者の1人、居宅介護支援事業所の経営者は「しばらく現場から離れているため、介護食が進化していることを理解していなかった。事業所の職員と共に、よく知る必要があると感じた」、訪問介護に携わっているヘルパーは「献立のマンネリ化が起こりがちなので、洋食を提案するのは喜ばれそう」などと話していました。
一方、教室の初めに、福田室長から「高齢者になった気持ちで、暮らしに役立つ商品で買う気になるか、作ろうと思うレシピかを精査してほしい」というオーダーがあったため、「調理の過程で何度も電子レンジを使うのは手間に感じる。まとめてできるレシピにしてほしい」、「ミキサー使用はめんどう」「電子レンジがない家庭のことも考慮すると手間が多い」など細かい指摘や厳しい意見もありました。
次回に続きます。
なお、次回「かなで」の料理教室は10月20日(木)14時~、介護食品の業界団体や栄養士の専門学校とも連携した企画を予定、とのことです。
(*注)^ 2016年9月1日、マルハニチロより「もっとエネルギー パワーライス<UDF区分3>」が発売されている。熊本リハビリテーション病院栄養管理科、科長・嶋津さゆり先生考案のMCT(中鎖脂肪酸油)オイル・パウダー配合パワーライスを商品化したもので、嶋津先生監修。