ルポ・いのちの糧となる「食事」
食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。
- プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)
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出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。
第93回 生活を支える歯科医療に寄り添って
家族一緒の食提案と口腔ケア啓発を担うKamulier(後編)
はじめに
前回より歯科材料と関連器械の製造販売を行う株式会社ジーシーがプロデュース&運営している、食提案と口腔ケアのコンセプトショールーム&カフェKamulier(カムリエ 東京都文京区)をご紹介しています。
前回はKamulierとはどのような場か、うかがったお話をまとめました。今回はKamulierがどういった人のためのスペースか、うかがったお話をご紹介します。
ランチ利用などで一般の人も利用しやすい
多様な人々へ“フック”を用意
すべては必要なケアが届くために
Kamulierを開くに当たっては社会的背景を鑑みると共に、東京都文京区の地域環境や人口構成、社会資源などを改めて調べ、周囲半径2キロ程度の中に存在する介護関係の事業所の訪問もしてニーズ調査を行い、店のコンセプトやサービスを決定したということです。
そこで、Kamulierがどういった人を対象に考えて多様なサービスを提供しているのか、うかがったお話から整理してご紹介します。
- (1)近隣の高齢世帯並びに在宅介護世帯
- (2)近隣の大学病院を受診している患者さんやその家族
- (3)一般の方々
- (4)ヘルパーさんを中心に介護事業所で働く方々
- (5)施設や病院、訪問で栄養管理や介護食提供に関わる方々
- (6)歯科医療関係者
対象(1)(2) 「近隣の高齢世帯並びに在宅介護世帯」と「近隣の大学病院を受診している患者さんやその家族」
東京都文京区の高齢化率は20%で、区内の世帯の約25%が65歳以上の高齢者がいる世帯となっていて、高齢者のみの世帯、高齢者単身世帯も増加しています(平成12年度と平成22年度の比較で約1.3倍に増加)。
高齢者の多くが持ち家に居住し、介護保険制度の介護給付費の中では居宅サービス給付費の上昇が目立ち(平成12年度と平成25年度の比較で約2.6倍に上昇)、施設サービスおよび地域密着型サービスはほぼ横ばいです。
また、区内には大規模病院が11、診療所が264、歯科診療所が240、薬局145、施術所302を有し(ぶんきょうの保健衛生<平成26年版>より)、教育機関も多いことが特徴です。
(文の京ハートフルプラン「高齢者・介護保険事業計画」<平成27年度~平成29年度>より)
「持ち家にお住いの方を中心に、家庭で介護を受け、生涯自宅で暮らし続けたいと考えておられる方が多く、在宅介護が始まっている家庭も増えています。
介護生活の中では情報が少なく、食に関する何らかの問題が起きても、対応が分からないということが少なくないと思いますので、医療をベースにした情報や商品と出会える場所としてご活用いただきたく、居宅サービス事業所などを通じてKamulierを知っていただけるよう努めています。
一方、最寄りの順天堂大学医学部付属順天堂医院などの医療機関を受診した方が、主治医の先生や看護師さんなどから情報を得て、立ち寄ってくださることもあります。
特別な材料や道具を用意しなくてもつくれ、介護する方の負担が少ない『やわらか食』の料理教室や、市販介護食品の試食、義歯の手入れ法など、今日から療養生活に取り入れられるサービスをいろいろとご用意していますので、ぜひご活用いただきたいです」(株式会社ジーシー常務取締役・冨澤実さん)。
対象(3) 「一般の方々」
近隣の企業に勤める人に対しても閉じた空間にならないように配慮があり、それがヘルシー志向のランチ(常食)であり、「食物繊維入りクッキー」「低糖質フィナンシェ」などの製造・販売です。
この連載では過去にも述べたことですが、一般の健康な人にとって“食べられない”をイメージすることは難しく、何らかの理由で食べられなくなるか、または家族を介護する立場になって、食べられない問題と向き合い、対応に苦慮する人が少なくありません。
しかし、そのような場合もKamulierをランチや、自分自身の健康づくりのための買い物で利用したことがあれば、「そういえばあのお店に介護食も置いてあった」と思い出すことができるのではないか、ぜひ思い出してほしいということで、ランチや焼き菓子が用意されています。
「ガラス越しに店をのぞいている方に『口腔ケア』『摂食嚥下ケア』という言葉でお声がけをしても、ご年配の方でも“私にはまだ関係ない”という反応が多くありました。
しかし、なんとなくでも困ったときに相談できる場所があり、情報、商品があることを認知していれば、自分自身やご家族の健康を守ることができます。実際に“駆け込み寺”として利用もあり、医療機関や商品をご紹介する機会は徐々に増えてきました」(冨澤さん)
「健康や美容に関することで、興味・関心があることは性別や世代によってまちまちですから、それぞれの希望に合う入り口をつくって、気軽にご利用いただけるKamulierであるように努めています。
焼き菓子を買われた方が介護食の棚を見て、スタッフと話をして、種類が豊富なことなどに驚かれたりしますが、その体験が記憶に残り、いざというときには思い出していただけることを願っています」(Kamulier店長兼パティシエ・志水香代さん)。
対象(4) 「ヘルパーさんを中心に介護事業所で働く方々」
やわらか食やイージースイーツ、市販介護食、口腔ケア用品と、そうした食品・グッズを必要としている人をつなぐ存在として、もっとも期待されるのが介護職です。
一般の人は食の問題が重篤になるまで気づきにくいので、とくに介護サービス利用者にとって身近なヘルパーが、食べる量が減った、痩せてきた、むせが激しい、口腔ケアが不十分など、リスクを察知し、専門的なケアにつなぐ存在となることが期待されます。そのためにはヘルパーがケアや商品を知り、理解していることは重要になりますが、ヘルパーも多忙な中で新しい情報を得るのは困難です。
「介護職の方々には、ご利用者さんの問題に対応するヒントを得たり、医療分野やメーカーからの新しい情報を得るなどを目的に活用していただけるようサービスを整えています。ぜひ近隣の方に限らず、ご利用いただきたい。管理栄養士や歯科衛生士のアドバイスを得られること、人気の市販介護食を1つから買え、試せることなどが利点です。
とくにKamulierからヘルパーさんにお声がけしているのは、ご利用者さんに義歯の手入れを促してください、ということ。義歯の扱いや手入れは全身の健康、活動に大きく影響する意識をもってご利用者さんに啓発していただきたく、必要な情報提供をKamulierがいたします」(冨澤さん)。
介護食の試食を兼ねたランチ会など、デイサービスなど介護事業所の外出イベントにも対応できるプログラムもあります。
筆者は、1人ひとりの介護職が、または介護事業所が「食べることを支える」を強みとすることは、介護関係者も利用者(家族)もメリットがあることかと思います。Kamulierのような場を活用するのは有効で、素敵な手段だと感じました。
対象(5)(6) 「施設や病院、訪問で栄養管理や介護食提供に関わる方々」と「歯科医療関係者」
今後、従来の虫歯や歯周病の治療を中心とした「治す歯科医療」から歯周病の予防や摂食嚥下訓練・ケアを含めた「生活を支える歯科医療」へ広がりを実現するために、専門職から専門職へ(例えば介護職から歯科衛生士、歯科衛生士から管理栄養士)のケアのバトンリレーがスムーズに行われ、生活を支えるチームケアが実現するように、職種の垣根を超えた連携が必要と考えられています。
「地域包括ケアの構築をめざし、地域で多職種連携のための各種会合が行われていますが、民間企業としてもそのサポートとしてできることがあると考え、地域や職域にこだわらない学びの場を設けています」(冨澤さん)
Kamulierで開催されている専門職向けセミナーや料理教室は、高齢者の食に関わる専門職が垣根を超えて集まり、学べる機会であり、交流、意見交換の場でもあります。その場で得た情報を自らの地域に持ち帰り、地域の多職種連携のきっかけにすることもできるでしょう。
以上の通り、Kamulierはターゲットを絞らず、さまざまな立場の人に情報や商品が届くよう、開いている場です。
食べることで困っている人が多い、増えるという危機感から、困ったときにケアが届くように、いろんな“フック”が用意されていて、誰もがどこかに引っ掛かれそうです。そのため一見するとカフェのような、スイーツショップのような、キッチンスタジオのような……不思議な店構えです。おしゃれ感があって、従来の“介護”のイメージとは違う開かれ感が貴重です。
現状、社会研究の試みとして、純粋に利益だけを追求する事業ではないから、また、都心に近く、近隣に大きな病院が立ち並ぶなど、現環境条件が整っているから運営可能な、稀有な場所であることは否めませんが、これからKamulierのような「場所」そのもののニーズが見直される気運はあると思います。
食べることで困る人が増えるに伴って、そのケアに関連する情報や商品が増えます。ユニバーサルデザインフードを例に見れば、
- 2010年 生産量: 8,293トン、生産金額: 6,876百万円、登録数 635製品
- 2014年 生産量: 16,503トン、生産金額:13,912百万円、登録数 1,524製品
と、わずかの期間に桁違いに商品が増えていることが分かります。しかし、実際に介護食を食べる人、提供する人への情報提供は足りていません。高齢者の場合、食の問題が影響し、短期間でいのちに関わる問題につながることもあることも認識されていません。
現在の縦割り社会(職域)や制度の中にはない、食べることを支える専門性が高い「情報提供」「商品提供」が必要とされているのは明らかです。Kamulierのフックや機能、実績は、これから介護におけるインフォーマルサービスの創造に寄与すると思いました。
介護関係の事業所を経営されている方、介護職の方にはぜひ足を運んでいただき、近い未来に必要とされるサービスについて考える参考にしていただきたいと思い、ご紹介しました。