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ルポ・いのちの糧となる「食事」

下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。

プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。

第92回 生活を支える歯科医療に寄り添って 
家族一緒の食提案と口腔ケア啓発を担うKamulier(前編)

はじめに

 都会の大通りに面したガラス張りの清潔感があるショップは、一見してカフェだと分かるデザインですが、中をのぞくとそこがただのカフェではないと察します。
 店頭の案内を見ればカフェメニューがあり、ヘルシー志向のランチメニューもあって“カフェ”には違いないけれど、ケーキのショーウィンドウや焼き菓子の陳列の奥に、ずらりと歯ブラシなど口腔ケア用品が並んでいるのも見えて、ちょっと不思議な光景でしょう。
 通りがかりに目を止めた事情を知らない人にも、その空間が何かを発信している場所だと感じさせ、気にさせる雰囲気をもっています。
 そんなKamulier(カムリエ 東京都文京区)は、歯科材料と関連器械の製造販売を行う株式会社ジーシーが2013年9月に開設した食提案と口腔ケアのコンセプトショールーム&カフェです。
 Kamulierとはどのような場か、また、誰のためのスペースか、お話をうかがってきました。全2回でご紹介します。

これから求められるサービスは何か!?
多機能をもつ場で社会研究も

 Kamulierが提案する食のコンセプトは「家族みんなで、一緒に食べられるもの」で、“みんな一緒”の中には嚥下障害がある高齢者も、障害のある人も含まれ、さらに食べることが生きる力や喜びにつながるよう、おいしさも兼ね備えたものであることをめざしています。

「社会背景、とくに一般の方々の健康観の変化を鑑みて、歯科界も虫歯や歯周病の治療を中心とした『治す歯科医療』から歯周病の予防や摂食嚥下訓練・ケアを含めた『生活を支える歯科医療』へ広がることを志向し、在宅訪問歯科診療に取り組む歯科医院・関係者も増えています。
 そうした中、歯科界と共に同じ未来を志向して歩む企業として弊社にできることは何か考え、数年来の構想・準備を経てオープンしたのがKamulierです。
 かつては歯科関連器機のショールームだった場所を利用し、多機能をもたせて、主として今現在、食べることに関してお困りの方に、歯科医療や栄養管理の専門性がベースにあるケア情報・商品情報を提供させていただいています。
 一方、『食べること』を中心に、多くの方に、中・長期的にどのようなサービスや事業が求められているのか、実践的に社会研究をする場でもあります」(株式会社ジーシー常務取締役・冨澤実さん)。

Kamulier外観。おしゃれな店内が大通りからうかがえる

「多機能をもたせた」というのは、

  • ● カフェ営業
     カフェメニューには一部、嚥下が困難な人に対応したとろみ付きもある(とくに嚥下困難者向けとはうたわない。後述「イージースイーツ」も)。管理栄養士監修のアンチエイジングスムージーも人気。管理栄養士監修のランチは季節に合わせて体のコンディションを整えるスープやごはんメニュー。
とろみも付けられるカラフルソーダ。とろみ付き炭酸は嚥下障害のない人にも「新食感体験」として勧めやすいおいしさ。その機会に、嚥下について耳学問してもらえる

  • ● スイーツ開発・製造・販売(デリバリー)
    「イージースイーツ」として、モンサンクレールオーナーパティシエ・辻口博啓さんと歯科界のコラボレーションで開発した4種のケーキと、Kamulierオリジナルケーキ(季節の和スイーツも)があり、常時5~8種ある。
     日本歯科大学口腔リハビリテーション多摩クリニック・菊谷武先生曰く、在宅医療・介護の現場では高齢者から「ショートケーキが食べたい」という声が多い。そこで菊谷先生が辻口博啓さんに摂食嚥下障害について情報提供し、障害のある人もむせずに食べることができるカステラを工夫、嚥下しやすさに配慮したレシピとなった。口どけがよく、みずみずしい食感で、家族そろって、一緒に味わえるスイーツが誕生した。
     Kamulier店内で保存料、着色料を使用せずつくり上げているのは、「工場などで生産せず、つくりたてを提供する」という辻口博啓さんのこだわりを踏襲。甘いものNGではなく、食べたいものを食べて生活の質を保ち、「食べるためのお口のケア」「食べたらお口のケア」をと呼びかける。
     Kamulierオリジナル「食物繊維入りクッキー」「低糖質フィナンシェ」などヘルシー志向の焼き菓子も自家製。
世界のトップパティシエ・辻口博啓さんが、日本歯科大学口腔リハビリテーション多摩クリニック・菊谷武先生より摂食嚥下障害について情報提供を受けて開発したケーキ4種。障害のある人も家族みんなで楽しめる

  • ● 「やわらか食」の料理教室
     咀嚼や嚥下がすこし困難な家族も一緒に同じ食卓を囲むことができるように配慮した料理やスイーツのつくり方が学べる。
     毎月の献立のコースは2種。とろみ剤は使わず、家庭にある材料と道具で手軽にできるレシピを紹介する。スイーツコースは季節の食材でやわらかい和菓子や洋菓子をつくる。
     つくり方を学んだ料理(販売されているスイーツ)が日本摂食・嚥下リハビリテーション学会分類の嚥下食ピラミッドやユニバーサルデザインフードのどのコードと対応しているか、菊谷武先生制作の評価基準表(店内表示)で確認できる。
    「“餅”が食べたい高齢者も多い」(菊谷先生)ということで、年末には家族一緒に食べられる雑煮の紹介、嚥下しやすい餅を使った和菓子の提案もある。
介護食品の販売コーナーと菊谷武先生制作の評価基準表

  • ● やわらか食品や便利な食器・食具・介護食レシピ本などの販売
     やわらか食・介護食(パウチやレトルト製品)は1品での購入も可。試食(温めて提供するなど)も可能(食材実費有料)。
  • ● 口腔ケア用品の販売
     歯ブラシや歯間ブラシなどのほか、口腔機能訓練用品も。
  • ● 管理栄養士と歯科衛生士による健康づくり、口づくりの情報提供
     パティシエと管理栄養士、歯科衛生士が配置されていて、食に関する困りごとの相談にアドバイスやサポートを行う。「イージースイーツ」の機能性の案内や介護食選択のアドバイス、義歯の訓練・手入れ法のレクチャーなど。
  • ● 協賛企業によるセミナーやランチ会
     施設や病院で介護食を提供する専門職向けの料理セミナーのほか、一般の介護者や介護職など幅広い人を対象にした市販の介護食の試食を中心としたランチ会。ランチ会は、デイサービスなどの外出イベントにも対応可能。

などです(詳細はウェブサイト)。

 そして社会研究には、歯科医療・介護の現場でどのようなサービスや事業が求められているかニーズを把握するためのデータ収集と共に、歯科界と諸団体、多種の民間企業のつながりをサポートし、連携をつくり出すチャレンジも含まれているとのことです。

 この場を生み出した背景としては、

  • ● 歯周病によって歯を失う人が多く、歯周病の治療開始時期が50歳代と遅い人が多い
  • ● 8020運動を達成して残った歯のケアが必要になる人が多い
  • ● 義歯のケア、義歯での食の訓練が不十分で喫食量が低下する人が多く、喫食量が低下したときに何を食べて栄養を維持したらよいか知らない人が多い
  • ● 高齢者の喫食量の低下、低栄養、口腔ケア不足、誤嚥性肺炎による死亡といった負の連鎖が多い
  • ● 認知症の人の口腔ケアを充実させるなど介護現場での歯科界の課題がある
  • ● 医療界と歯科界、中でも歯科衛生士と管理栄養士の連携をよりスムーズにし、成果につなげる工夫を模索する必要がある
  • ● 近々、口腔ケアが習慣として定着している、口の健康意識が高い世代が後期高齢者となり、介護現場で口腔ケアニーズが高まるが、ケアの技術が普及していない(人材も不足している)
  • ● 一般の生活者の多くが食べることで切実な問題を感じるまでドライマウスや摂食嚥下障害、介護食の存在などについて知らない、知りたがらない
  • ● 介護予防について「自助」「共助」の意識を高める必要がある
  • ● 介護予防や生活支援の分野では多職種と民間企業が共に事業化する必要がある

などとうかがいました。

「歯科界は、高齢者の在宅訪問歯科診療を普及させていくと同時に、元気高齢者や中年層の健康寿命の増進を支え、自分で歯科受診ができなくなる期間がなるべく短くてすむように、全身の健康づくりの要として、介護予防としての口腔ケアを広めていく方向です。
 医療や介護に携わる方々に、認知症や低栄養、誤嚥性肺炎の予防のために口腔ケアが大切であるという認知を広める以上に、一般の、元気な方々に介護予防としての口腔ケアを意識づけし、行動につなげるのは難しいかもしれませんが、それは国民的課題です。
 一般の方々には健康寿命の増進やQOL向上という利益をもたらすことなので、医療や介護に携わる方々の啓発活動が一層期待されるところで、弊社も一助となる事業にチャレンジを続けます」(冨澤さん)。

 次回に続きます。