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ルポ・いのちの糧となる「食事」

下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。

プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。

第90回 療養中も親しんだ食生活を 
嚥下のニュートリーのものづくり(前編)

はじめに

 今日は何が食べたい? 何を食べよう。私たちは日々、食事やおやつ、晩酌などを大きな楽しみに、生活をしています。言うまでもなく食事によって栄養をとることは大切ですが、食べることは“楽しい営み”だということも、いつでも大切にしたいこと。高齢になっても、闘病中も、そして終末期にも、本人がそう望むなら、ささやかな楽しみが保てることが望ましいです。
 ところが加齢や病気、障害などによって食事の目的が「栄養摂取」に偏り、食べる人の希望や味、見た目は二の次になり、食事が楽しくなくなることも現実にあります。少ししか食べられない(食べたくない)のに量を勧められたり、早く食べ終わるよう急がされたり、患者自身が周りを慮るなどして無理をすることもあるでしょうか。そのような場合も“楽しみ”からは離れてしまいます。
 また、食べるための身体機能と提供される食べ物の物性が合っていない場合も食事を辛く、苦しいものにして、ときとして生命の危険を伴う場合もあります。
 しかし、そのようなこと全体を理解して、摂食嚥下機能障害や低栄養の予防・改善にはたらきかけながら、食べる喜びも支えるチャレンジを重ねる医療・介護の専門職や、企業はたくさんあり、本連載ではその一部を取材・紹介してきました。
 今回も製品を利用する人が栄養ケアを受ける中、口からおいしく食べられること、普段、食べ慣れている食生活を安心して続けられることを支える栄養補助食品・嚥下補助食品を開発・製造・販売する食品メーカー、ニュートリー株式会社を取材しました。
 とくに嚥下補助食品のパイオニアとしてエビデンスに基づき、なおかつ新発想の商品開発に長けるメーカーの自負をもって、嚥下食の存在と必要、手軽さを広く啓発する情報提供においても、さまざまな工夫とアクションを広げる様子をうかがいました。前編では主に製品について、後編では啓発活動についてご紹介します。

ニーズがあって市場にないものを開発し
「栄養療法」の継続・成果を支えたい

 ニュートリー株式会社(以下、同社)は、1963年より医療現場で行われる栄養療法のための食品を開発・製造・販売してきた企業です(旧三協製薬工業株式会社、2006年に現社名に社名変更)。
 1997年1月、今も同社の看板商品の1つである「アイソトニックゼリー」を発売したことが、業界に大きなインパクトを与えたとのことです。
 「アイソトニックゼリー」は嚥下障害がある人の水分補給に適した特別用途商品で、自分で持って飲める形状であることも特長です。
 発売当時はまだ、嚥下しやすいよう物性が調整された製品は少なく、医療・介護現場では嚥下障害がある人に対して片栗粉でとろみをつけたもの、ゼラチンや寒天で寄せたものを提供していた時代だったそうです。
 片栗粉を使うと味が変わり、口の中で離水するという問題もあったため、そうした課題をクリアした、クラッシュタイプの水分補給ゼリー「アイソトニックゼリー」は画期的な製品として評価され、ヒットしたとのこと。現在、嚥下障害がある人向けに工夫された水分補給アイテムが各社から発売されていますので、同社は1つの新商品をつくったというより、1つの製品カテゴリーを先駆けて生み出したと言えるでしょう。
「医療・介護現場にある潜在的なニーズを掘り起こし、市場になかったものを生み出すことに長けている自負はある」と、取材に応じた同社プロモート・リレーション部広報担当の横山祥子さんは話します。
 さらに2000年9月、食べ物の物性を改良する素材(とろみ剤・ゲル化剤)「ソフティアシリーズ」を発売しました。とろみ剤では、現在では一般的となった「第3世代」と呼ばれるキサンタンガム系の先行品であったことなど、インパクトのある嚥下補助食品の開発により、業界では“嚥下のニュートリー”と呼ばれる所以になったということです。
 同社の強みは医療現場からくみ上げたニーズを反映して、市場にない製品を生み出したことですが、加えてとろみ剤・ゲル化剤を製造するための専用造粒機を唯一所有するメーカーで、開発から製造まで自社で一貫して行えることもあります。
 「ソフティア」発売以降も、既存製品の改良や新製品の発売が続き、同社の取り扱い製品は現在、栄養素補給アイテム7シリーズ、嚥下サポートアイテム4シリーズ、栄養素補給兼嚥下サポートアイテム6シリーズとなっていて、この内、「アイソトニックゼリー」や「プロッカZu」「ブイ・クレスゼリー」の9品目で消費者庁が管轄している制度・特別用途食品「えん下困難者用食品」の表示許可を得ています。
 製品の中で、今回、筆者がとくに注目してお話をうかがったのは「アイオールソフト」(2006年5月発売、2015年1月改良新発売)と、「ニュートリーコンク2.5」(2012年10月発売、2016年3月改良新発売)です。
 注目したのは、いずれも現在、栄養療法の現場で高いニーズがある「少量・高栄養」を進化させるリニューアルを最近行っているためです。  栄養療法の価値は今、これまで以上に見直されている感がありますが、同時に、栄養療法を必要とする人の多くがさまざまな理由で「十分に食べられない(食べられていない)」ということから「食事の質」や「経口摂取以外の栄養補給法との併用」について改めて見直されていて、質の点で重要視されているテーマが「少量・高栄養」です。
 また、個人的な体験・意見ではありますが、介護をしていたとき、食事のことで困っていたことを思い出して、2つの製品がとてもよいものだと思ったことも注目した理由です。

 「アイオールソフト」は5大栄養素がバランスよく配合された豆乳ベースの濃厚固形食で、そのものにほとんど味がなく、タレやソース、トッピングの“ひと手間”で主食にも、副菜にも、デザートにもなるものです。
 約65℃まで加熱しても十分なゲル強度を保つので、温かいメニューとして提供できます。2015年のリニューアルでさらに「少量・高栄養」化されました(製品は3サイズあって、いちばん小さい77gタイプで120kcal)。
 介護食品開発の1つの柱になっている「少量・高栄養」ですが、「アイオールソフト」のように食べるときに味をつける製品、多様なアレンジが可能な食材は希少です。
 栄養が改善されるために、現実的に食べる人が完食できる味・量、栄養価を兼ね備えた食事が提供されるのが望ましいですが、そのような料理は「個別性」がありすぎて、医療・介護の現場で対応が困難でしょう。しかし「アイオールソフト」のような食材を利用すれば、バリエーションがつけやすく、負担を軽くすることが可能ではないでしょうか。
 摂食意欲が低下していたり、好みの味しか受けつけないような場合などに、希望の味、慣れ親しんだ味で、もう一度、食べる喜びを取り戻してもらうきっかけを提供しやすいのではないかと思いました。
 一方、在宅介護を思い出してよいと思うのも「好きな味で食べられる」という点からです。
 栄養が強化された食品は甘いものが多いです。この頃は甘くないものも増えてきましたが、まだ数が少ないので、同じ味が続くと飽きるでしょう。  我が家では、主治医から「ひとまずこれを毎食1本飲んで」と処方され、家人とともに『栄養』と呼んでいた栄養補助食品の甘みが強く、毎食は飲み続けられませんでした。治療の副作用でドライマウスや口内炎があり、元来の偏食もあり、食べられる味が限られていたので、別の味でも、味がついていたら続けられなかったかもしれないと思います。そのとき、いろいろな工夫をする中で、味がない(味をつけられる)『栄養』があったらいいのにと思っていました。
 最近、あるイベントで「アイオールソフト」の「きなこと黒みつ、バニラアイス添え」を食べたとき、黒みつがかかっていない部分をすくい、同時に提供されていた「おでん」の出汁と食べてみました。黒みつ味と出汁味、どちらもおいしく、同社がパンフレットやウェブサイトの「アイオールソフトレシピ集」で紹介している通り、好みや体調に応じた風味にアレンジできそうだと感心しました。
 ひと手間かけるだけで栄養価の高い、飽きない1品を用意できる。それは、在宅介護で家族を支える人の「家族を思う気持ち」や「低栄養の心配」「介護生活の忙しさ」に対しても配慮のある、重宝な製品だと思います。
 同社が、レシピサイト「クックパッド」上で「家族に介護食を提供しているユーザー」にアンケート調査を行ったところ、介護食を「手づくりしている人」と「手づくりと市販品利用を兼ねる人」で8割を超え、何らかの手を加えている人が大多数だったことが分かったそうです。
 この結果は、すべて市販品でまかなうのは経済的に難しいという一面もあるかもしれませんが、家族のために何かしたいと思う気持ちが、食事の支度によって叶えられていることも感じるデータではないでしょうか。それでも介護をしているときは、食事の支度以外のことでも忙しいので、「ひと手間かけられる」+「負担が重すぎない」のはいいでしょう。そこで「アイオールソフト」を重宝だと思うのです。
 こうした製品がもっと一般に知られ、買いやすくなることを期待しています。衛生用品などと一緒にドラッグストアで買える、そんな時代はそう遠くはないと思いますが、すでに必要としている人が多いのは明らか [*1] なので、1日も早くそうなることを願うばかりです(なお、同社製品は通信販売サイトで購入できます [*2] )。

 「ニュートリーコンク2.5」も斬新で、かつ理にかなった製品です。嚥下しやすい物性にするため、食品を“のばす”ときに使う出汁や水の代わりに使う「少量・高栄養」の液体で、食事量を増やさずに栄養価を上げることができ、料理にコクを加えます。
 “のばす”ために出汁や水の量を増やすと栄養価が下がる。この問題を真正面からとらえ、応えた製品で、他に同様の製品はありません。調理感覚としては“みりん”のように扱えます。バナナ味やストロベリー味といったフレーバーがついていなので、料理以外にも紅茶やコーヒー、ヨーグルトドリンク、野菜ジュースなど飲み物に加えることもできます。
 2016年のリニューアルでは天然の糖質「パラチノース®」と「さとうきび抽出物」を配合し、甘さと雑味を抑えた上、料理(飲み物)に50ml加えることでエネルギー125kcal、たんぱく質4g、脂質3.2g、糖質19gをアップでき、ビタミン・ミネラルも補給できる栄養価になっています。
 また、リニューアルでは全糖質の15%以上を「パラチノース®」に改め、糖質をゆっくり消化吸収する“スローカロリー”の考えに則って開発された「スローカロリープロジェクト」賛同商品となったため、食後高血糖の予防といった機能がプラスされました。
 2014年12月、同社は三井製糖グループ入りしたことにより、三井製糖株式会社が保有する原料の調達が可能になったため、「ニュートリーコンク2.5」のリニューアルもその利点を活かした改良となったということでした。
 この「ニュートリーコンク2.5」も在宅介護をしていたときほしかったと思うもので、在宅介護をしている人に教えたい製品です。「食べることが仕事」などと言って、頑張って食べていても栄養改善が難しかったことを思い出すと、調理や嗜好品に加えることで、頑張らずにプラスαの栄養を補えるアイテムがあると助かっただろう、と思うからです。
 在宅療養・介護をする中、頑張って食べている人、食べさせる工夫をしている人はきっとたくさんいると思うので、伝えたい、広めたい。そこで同社はものづくりの傍、嚥下食などの存在とその必要性、手軽さを広く伝えるために、どのような啓発活動を行っているのかうかがいました。次回に続きます。

[*1]^ 介護食品の潜在的なニーズは農水省試算で2.9兆円とされる。在宅療養をしている「低栄養」の人の55.1%、「低栄養のおそれがある」人の32.2%は常食以外の食事をとっている(国立長寿医療研究センター調べ 平成24年度老人保健健康増進等事業 在宅療養患者の摂取状況・栄養状態の把握に関する調査研究報告書より)
[*2]^ ニュートリー株式会社通信販売サイト http://www.nutri-shop.jp