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ルポ・いのちの糧となる「食事」

下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。

プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。

第88回 治療の専門家とサバイバーから 
病気と共に生きる人へ情報&メッセージ

はじめに

 NPO法人キャンサーネットジャパン主催の胃がん患者・家族のための公開講座「もっと知ってほしい胃がんのこと2016in立川」が開催され、本稿にも度々ご登場いただいた川口美喜子先生も登壇され、「胃がん治療後の症状や食事について ~困った時のヒント~」と題してご講演されました。
 胃がんだけでなく、あらゆるがんの治療中には、食べることを支えるケアとつながることが重要ですが、一般にはあまり知られていません。患者本人と家族介護者、また介護職にも正しい知識が普及することが望ましく、このような無料の公開講座はその貴重な機会かと思います。
 公開講座の模様を、川口先生のお話を中心にご紹介します。

病気を理解し、希望の治療へアクセスを!
「栄養士を捕まえて!」川口美喜子先生の訴え

 NPO法人キャンサーネットジャパン(以下CNJ)は、がん患者が本人の意思で治療に臨むことができるよう、患者擁護の立場に立って、科学的根拠に基づく情報発信を行っています。がん患者や家族に、あらゆるがんの医療情報をウェブや公開講座、冊子などさまざまな機会・媒体を通じて紹介しているほか、医療者向けにも患者への病気の説明を助ける情報提供をしています。
「もっと知ってほしい 胃がんのこと2016in立川」はさる4月9日、立川商工会議所第6会議室に参加希望者146名(胃がん患者30名、患者家族34名、サバイバー?名、その他)を集めて開催されました。
 小西敏郎先生(CNJ理事、東京医療保健大学副学長)の開会挨拶に続き、「胃がんの予防と健診について ~多摩地区の現状と今後の展望~」の題で登壇した上西紀夫先生(東京大学名誉教授、公立昭和病院院長)は、胃がん健診の受診率が大変低い現状を変える必要を訴え、とくに現役時代は健診を続けて受けていたのに、定年後、受診をやめてしまう人が多く、その世代のがん罹患が少なくないことを述べ、早期発見・早期治療が望ましいことから健診受診を促しました。
 続いて、日本で二番目に胃がんの手術を行っている静岡がんセンター胃外科の寺島雅典先生は、「胃がんの治療について ~みんなが知りたい手術のこと~」と題し、がん治療と言っても病期(がんのステージ)毎に多様な治療があることを紹介し、開腹手術と腹腔鏡手術、その他の治療法とその選択について解説しました。
 さらに浜本康夫先生(慶應義塾大学医学部腫瘍センター)は「抗がん剤治療のコツ ~分かりやすい抗がん剤治療のこと~」と題して、抗がん剤治療は同じ部位のがん、手術後でも病期によって目的が違うことを説明し、各段階での治療のコツを紹介。いずれの場合も、病気と治療についてあらかじめよく理解し、医療スタッフとよく相談して、なるべくシンプルで効果的な治療を選ぶ必要を述べました。
 そして川口美喜子先生は「胃がん治療後の症状や食事について ~困った時のヒント~」として、まずがんによる栄養障害について説明。がんでは体重が著しく減ってしまい、低栄養になり、予後に影響するケースが多く、その栄養障害は、

  • ・ がん関連性低栄養
    がんの進行や治療に伴って口から食べる食事量が低下したり、消化器官のはたらきがわるくなるなどによる栄養障害
  • ・ がん誘発性低栄養
    腫瘍によって直接的(または免疫反応を介して間接的)に栄養維持機能がはたらかなくなり、エネルギー代謝の異常が起こす栄養障害(悪液質とも呼ばれる)

に分けられ、この両方が同時に起き、病期が進むと相乗的に栄養状態を悪化させてしまうと解説しました。さらに、食べる量が減ること、著しい体重低下を起こすことは、どちらも患者のQOLを大きく低下させることも述べ、今年4月の栄養指導について診療報酬改定があったことを伝えて、

「(診療報酬改定は)病気と共に生きるより多くの方の生活の質を向上させるために栄養指導をしなさいというメッセージだと受け取っている。皆さんも、心配なことがあったら積極的に医療スタッフに声をかけて、1人で、ご家族で悩まないでください。
 食事に関連した悩みをもたれる方もたくさんいらっしゃいます。1日も早く身近でサポートしてくれる栄養士をみつけて、なるべくお食事を楽しみ、治療を受け、健康を取り戻す体力をつけてください」(川口先生)

 講演では手術後、味覚障害のあった胃がん患者の事例、ダンピング症状予防の食生活上の注意点、不足しがちな食品(栄養素)とその対処法、新宿・暮らしの保健室での栄養指導とマギーズ東京開設についてもお話がありました。
 その後、胃がんサバイバーで、現在、歌手活動を通じてがんサバイバー支援を行っている高橋和奈さんが登壇し、「胃がん治療を乗り越えて ~20代でがんを経験して学んだこと~」として、自身の闘病の様子を話し、「手術を受けて終わりではなく、そこからが闘病の始まり。胃のない体に慣れていかなくてはいけない」「病気を通じて時間や家族、普段の生活の大切さに気づけた」など当事者の率直な言葉と自作の歌が披露されました。
 最後は、上西先生を座長として登壇者全員がQ&Aトークセッションに参加、会場から受け付けた質問に答えました。
 川口先生は、食欲が低下しているときの対応として、「思い出の『おいしかったもの』をリストアップするなどして、食べたいもの、食べられそうなものを楽しく探して」などと応じていました。
  なお、下記ウェブサイトにてこの講座の模様(動画)が視聴できます。


 次回は設立1周年を迎えた一般社団法人エンドオブライフ・ケア協会の活動を、記念シンポジウムの模様を一部交えてご紹介予定です。