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ルポ・いのちの糧となる「食事」

下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。

プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。

第85回 新食研の「食支援を広げるコラボ」 
地域カフェの運営に添った出前講座ほか

はじめに

 新宿食支援研究会(主宰・ふれあい歯科ごとう代表 五島朋幸先生 以下、新食研)が過日、新宿区内のある地域カフェにメンバーを派遣し、カフェ利用者に無償で「新宿で食支援を必要とする人の存在」「口から食べることの大切さ」「食事をするとき気をつけたい姿勢」などについてレクチャーする催しを実施しました。
 昨今は、各地で地域カフェが開催されていて、その場で地域の専門職が健康づくりのレクチャーを実施するのは珍しいことではありません。しかし新食研の出前講座は、先にスタートさせた「マイスター制度」の運営と関連し、スピンオフで開催されたもので、その「一連の活動」は特別だと感じ、取材しました。
 現在、20種ある新食研のワーキンググループ(以下、WG)の活動は互いにリンクし、水も漏らさぬ布陣で新宿を「最期まで口から食べられる街」にするとして、あの手、この手を打っています。WGの連携としなやかな対応の一端が見えたのが今回の出前講座でした。

WG会合で地域の諸団体とコラボを模索
知り合い、互いに実のある機会を創造

 本連載の第70回にて、「新宿を『最期まで口から食べられる街』にする」として活動する新食研が新たな取り組みである「マイスター制度」をスタートさせ、初の食支援サポーター養成講座を開催したことをお伝えしました。
 マイスター制度は、専門職に限らず一般の生活者も含めより多くの人が「食支援を必要とする人を見つける、つなぐ、結果を出す、広める」に関わる仕組みづくりの1つとして事業化された制度で、新食研が講座を設け、食支援サポーター及びリーダー、マイスターを養成し、地域の食支援力の底上げを図るものです。
 この制度の仕組みづくりや運営は「マイスターWG」が担っています。食支援を社会に広げるには、どのような情報や知識、技術をもった人を増やせばいいか、増やすにはサポーター、リーダーなど階層別にどのような講座を開けば興味・魅力・意義を感じ、参加してもらえるか。構想期間を経て、2015年4月から討議を重ね、11月に初回食支援サポーター養成講座を開きました。
 その後、介護事業所等の職員研修に食支援サポーター養成講座を出前するほか(2016年1月に第2回食支援サポーター養成講座として実施)、現在は食支援リーダー養成講座の準備も行っています。
 講座開催に当たっては他のWGも協力します。例えば、「SDPs(ソーシャル・デザイン・プロデューサーズ 通称ソデプス)」は食支援サポーターの証のリストバンドのほか、広報ツール制作を担うという具合です。
 さらに、新食研のさまざまな活動に対する区民(区内各自治会、民生委員、地域包括支援センター・高齢者総合相談センター、老人会、地域カフェなど地域で活躍する個人、団体)の理解を働きかけ、交流をつくり出す「連携創造WGコラクリ(コラボレーションクリエイト)」は、マイスターWGが制度の詳細を煮詰めるのと併行し、マイスター制度と区民による地域活動などとの連携を模索しています。
 2015年7月より月例の会合に地域活動家や、区内で高齢者支援に携わる専門職らを招いて、食支援の必要性について理解を求めると共に、地域活動の様子をヒアリングし、地域活動の中で食支援サポーター養成講座を開催する機会をつくっています。
 会合に招いた高齢者支援に携わる専門職にも、食べることを支える取り組みについてほとんど認知していなかったり、食支援を要する人というのは食支援以外にもさまざまな支援を必要とする介護度の高い高齢者で、まさか比較的自立して生活ができている人も食支援を要す場合があり、区内に1万人存在すると推計されるとまで考えたことのない人もいたということです。
 ましてや自治会の関係者や地域活動家の多くは、「食べることを支える必要がある」という事実にショックを受け、適切な食支援が入ることで高齢者の生活がどのように変わるか、説明を受けて驚くのが常のようです。一般には、まだまだ「食支援の必要性」は認識されていません。月例会合に招き、招かれ、新食研&区民(地域活動の中心人物達)の交流によって、食支援への理解が得られ、食支援を広めるベースがつくられています。
 とはいえ、それぞれの地域活動や事業には歴史と既存のプログラムがあり、必ずしも新食研のマイスター制度のプログラムをそのまま組み込めません。そこで、制度のプログラムにこだわらず、既存の地域活動や事業のプログラムに対応して、食支援について伝える機会もつくっています。
 それは、

  • ・ 時間を決めて催しを定例開催している地域カフェへは、そのタイムスケジュールに合わせ、食支援サポーター養成講座の要点を抜粋したミニ講座を数回派遣し、食支援サポーター養成講座と同様の情報や知識を広める
  • ・ 専門職能団体内で定期開催されている勉強会のスタイルに対応して、食支援サポーター養成講座と同様の情報と知識、技術を広め、マイスター制度についても告知する

など、臨機応変な対応です。
 今回取材したのは前者のケースでした。2010年から新宿区の某地区協議会の福祉・生活分科会が毎月1回企画・運営する地域交流カフェでは、利用者とスタッフ全員が毎回「新宿いきいき体操」の後、30分程度の催しに参加します。この時間にコラクリ・リーダーの塩川隆史さん(主任介護支援専門員)と同WGメンバーの田中健一郎さん(福祉用具専門相談員)が食支援の必要性と食姿勢についてレクチャーし、利用者からの質問を受け付けたのでした。
 2015年9月のコラクリ月例会合に地区協議会の福祉・生活分科会の代表を招いて、地域交流カフェの運営について聞き、催しでのレクチャーについて打ち合わせを行いました。その後、地域交流カフェに利用者としてコラクリメンバーが任意参加し、カフェの利用者の様子から内容を検討したとのこと。中でも田中さんは休日を利用し5ヶ月連続でカフェに参加して、各月の催しや利用者の興味・関心を取材し、比較的健康で、現状では食の問題を実感している利用者はほとんどいないことから、おいしく食事がとれる姿勢についてデモンストレーションを見せながら解説すると共に、「健康なときには意外に感じるかもしれないけれど、食べることに困ることは誰にでも起こり得ることと知り、自分事だと感じてもらうよう心がけた」と話します。
 高齢の利用者は興味を示し、「もし自分が食べることに困ったら誰に相談したらいいのか」など具体的な質問を投げかけていました。知る機会があれば、イメージができ、備えに関心が持たれます。塩川さんは地域包括ケアについても解説し、「地域包括ケアの主役は地域の皆さんで、食べる力の低下や自立度の低下、様子の変化、必要な情報に気づき、教え合うことが大切だ」と説いていました。
 このカフェでは今年7月にも再び新食研メンバーが催しを受け持ち、食支援についてレクチャーする機会が企画されています。また本件に限らず、塩川さんが中心となって、さまざまな地域活動の中心人物達と新食研及び食支援の接点をつくることに心を砕いているため、今後、こうした機会は別の場でも持たれるでしょう。
 一方、新食研の「ヘルパーWG」がかねてより開催してきたホームヘルパー対象の研修(初級・中級・上級<2016年度~>)の対象をヘルパーに限らず、デイサービス職員にも拡大。マイスター制度と連動することにもなったので、ヘルパー並びにデイサービス職員はマイスター制度の講座でも、ヘルパー研修でも、食支援サポーターや食支援リーダーとしての情報や知識、技術を身につけることができるようになっています。

「新食研は発足以来、高齢者の生活に身近な介護職が食支援の重要な担い手と考え、ヘルパーWGは実際に介護現場で使え、結果が出せる研修を提供してきました。ヘルパー職にあるメンバーが中心となって牽引し、多職種も講師を受け持つ、ヘルパーへの食支援教育のレベルの高さは誇れるもの。
 これまで初級・中級編の講座に参加した方々の終了時アンケートを見ると大変好評で、具体的な要望やさらにレベルアップを望む声も高い。そうした声を反映して講座内容を充実させてきたし、今後は上級編も含めて、よりレベルアップします。
 マイスター制度にしろ、ヘルパー研修にしろ、そうした枠にとらわれない出前講座にしろ、伝え、広めたいことは『食支援』。1万人の食支援を必要とする人を見つけ、専門職につなげ、口から食べられる結果を出すために、新食研にはさまざまな機会を創造する体制があります」(五島朋幸先生)。

 食支援について専門職向けの勉強会は増えていますし、最初にも書いた通り、一般に対して地域の専門職がレクチャーする機会も珍しいことではありません。しかし単発で機会を設けて、ハウツーを伝えても、専門職の意識・行動も、一般の人の生活もそう簡単には変わらないでしょう。
 五島先生は「食支援にはホームランはない」と言い、「新食研はさまざまな活動や交流を重ね続けることで大きな成果を現実のものにする」と話しました。
 その全体が大事で、街づくり・地域連携でしょう。全国へ広がることを願ってやみません。読者の介護職の方には、我が地域と自身の役割や可能性を考えるきっかけとしていただきたく、記事にしました。
 なお、新食研の活動はウェブサイトに詳しく紹介されています。