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ルポ・いのちの糧となる「食事」

下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。

プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。

第83回 日々の暮らしと食に、じわじわ入る。 
「三鷹の嚥下と栄養を考える会」の食支援(前編)

はじめに

 「じわじわ入る」なんておかしなタイトルですが、そんな言葉がぴったりの活動に取り組んでいるのが、亀井倫子先生(歯科医師、コンパスデンタルクリニック三鷹)が主宰する「三鷹の嚥下と栄養を考える会」です。
 過日、同会が開催した「一夜限りのKAIGOスナックin武蔵野」という前代未聞の企画の模様と併せ、同会の活動を全2回でお伝えします。

ちょっと一杯も大事な営み
「KAIGOスナック」レポート

 “一夜限り”とうたってあったものの、KAIGOスナックは武蔵野市のキッチン・バーを借りて、日曜日のお昼に開催されました。イベントを告知するパンフレットには、

「ちょっと一杯」を諦めていたあの人に、心をゆるめる場所を作りたい
 2時間 飲み放題3000円ポッキリコース
 軽食とドリンク飲み放題に加え、女の子のドリンク代まで全て込みでこの価格

 とあって、お酒とお喋りが楽しめる大人の社交場、スナックであることは間違いないよう。しかし、どうしてKAIGOスナック? どうKAIGOスナック?! 楽しみにうかがいました。

2016年1月開催、「一夜限りのKAIGOスナックin武蔵野」の模様

 客を出迎えた亀井先生はじめ「三鷹の嚥下と栄養を考える会」メンバーは、普段とは違うママ、ホステス、マスターの雰囲気。メニューは、その日は胸元もまぶしいスペシャルゲスト、“ちかこママ”こと在宅クリニックに勤務し、訪問栄養指導に取り組む管理栄養士の森田千雅子先生が整えた品々。食べやすさ、飲み込みやすさに配慮した食形態の料理とドリンクです(市販品から選んだ口どけのよい乾きもの2種、やわらか寿司、鳥の唐揚げムース、たこ焼きムース、プリン王子ことカルロス関屋特製「百人力プリン」、泡付きビールゼリー、トロミ酎ハイ、トロミカクテルほか)。

食べやすい食形態の酒肴「やわらか寿司」
見た目も香味も“唐揚げ”の
「鳥の唐揚げムース」

 見た目にもおいしそうで、おいしい酒肴と酒。スナックとしては明るい店内に、ミラーボールが回っていない点だけは想像力でカバーを、とのこと。
 参加者十余名は、さまざまな立場にありながら摂食嚥下障害のケアや食支援、嚥下食に関心をもつ人々で、三鷹での食支援に携わる人に限りませんでした。
 皆が、KAIGO+スナックという初の試みをゆるく楽しみながら、料理と酒を味わい、嚥下調整食の感想や口から食べることの意義、嚥下障害予防の大切さ、食支援を普及するための課題などについて、思いつくまま、気の向くまま、たまたま隣に居合わせた者のよしみという感じで対話した2時間でした。  一般的な摂食嚥下障害、食支援等の勉強会とはまったく趣が異なるイベントでしたが、実際に嚥下調整食(酒)を味わいながら話すことは具体的です。
 参加者は嚥下機能が健常ですから、酔いも手伝って「やっぱり歯ごたえが大事と思った。ムース食は味がよくても苦手」などと正直な意見も出ます。しかし、だからこそ「一般に予防・啓発が必要」と語り合い、食べ続けることが訓練にもなるという話をし、安全なリハビリテーションのための機能評価、食品選びの話にも発展。自称・介護食オタクの優しいママが、食支援の現場の悩み相談にも応えていました。
 また、ちょっと一杯、飲みながら喋る楽しさを分かち合いながら、改めて年齢を重ねても、何らかの病気や障害、後遺症があっても、なるべく生活を変えず、楽しいひとときをもちたい気持ちを理解します。
 食べると同様に、馴染みの店で飲むのも暮らしの中の大事な営み。行きつけのスナックや小料理屋に行けなくなる寂しさ、好物が食べられない切なさをイメージしました。家族や友人がそんな寂しさを感じているとき、相談ができる場があったら心強い、とも。
 すると飲食店の経営者など街の人にも、食べること・飲み込むことが困難になる障害があること、障害は誰にでも起こり得ること、障害をもつ人が身近にいる可能性があり、それでも「ちょっと一杯」を諦めることはないことなど、知ってもらい、サポーターになってもらいたいと思い至ります。KAIGOスナックは筆者の街にも、どの街にも必要です。
 最後にママ達からは高齢者の生活不活発病や摂食嚥下障害、低栄養は重症化するまで医療や介護とつながっていないケース、未だ予防的な情報やケアにアクセスできずにいる人が多いため、診療やケアの現場以外で必要な情報を広く伝える活動が不可欠だと語られました。それは日頃から在宅療養者の食支援に取り組むママ達の実感、KAIGOスナック開店の真意です。
 勉強会を重ねても、医療・介護現場での専門職の意識や行動が変わらないこともある。ポピュレーションアプローチだけでは、本当に必要としている人の生活に情報やケアが入らない場合もある。嚥下障害や低栄養など健康寿命をおびやかす問題や食支援を「私事」として捉えてもらうために、手をかえ、品をかえ、伝え方を工夫する、その一手がKAIGOスナックだということです。
 そして「食べる(飲む)」という暮らしの営みを見守り、支えるには、一般の生活者も含め多職種・他職種と協働していく必要があり、さまざまな機会を設けていくと抱負が述べられ、散会となりました。
 参加者からは直ちに再度の開催や、他所での開催を望む声が上がり、すでに第2回は都内某所にて開催が決定しているとのこと。後日、亀井先生は「やってみたからこそ、見えたものがたくさんあり、次につながる大きな糧となった」と話しています。

 次回に続きます。