ルポ・いのちの糧となる「食事」
食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。
- プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)
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出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。
第82回 多摩地域全体で「口から食べる」を支えよう!
「いただきますの会」活動と丸山道生先生公開セミナー
はじめに
さる1月24日、「いただきますの会」(代表・歯科医師 横山雄士先生<横山歯科医院副院長>)が2回目の公開セミナー「胃瘻(いろう)にしますか? しませんか? 考えてみよう!」を開催しました。
お話は、田無病院院長・丸山道生先生で、一般向けに「病気になったときに栄養をとるさまざまな手段」「胃瘻の機能」「医療現場での人工栄養の扱い」などについて解説があり、日頃からさまざまな療法を知り、自分や家族がどのような医療や介護を望むか、考えておく大切さが説かれました。
同会の活動と、セミナーの模様をお伝えします。
口から“食べるための胃瘻”について
知り、考える機会を提供したセミナー
「いただきますの会」は、2015年8月より多摩地域の医療・介護・福祉・食べ物の生産者・料理家・食品メーカー等と市民で共に地域の食支援を実践する一環で、口から食べる意味を知ってもらうための公開セミナーや、スマイルケア食のレシピ開発、介護食の調理ができるようになる調理実習などを開いています。
「多摩地域で、最後まで口から食べることを支える活動をしていこうと有志が集いました。今回の公開セミナーで講義をお願いした丸山道生先生(田無病院院長)や、戸原玄先生(東京医科歯科大学 准教授)にもご指導いただいて、昨年、産声をあげたばかりの活動です。
食支援が必要な方に、安全に、旬のおいしさを味わっていただける機会をつくり出していくために食べ物の生産者やメーカー、料理家の知恵も不可欠です。『産学協同・協働』の発想で、医療や介護に限らない職種ともコラボレーションして、市民も巻き込み、地域全体につながりを広げていきたい。
医療・介護職のメンバーはそれぞれの専門性を高める機会ももちながら、つながりは連携マップなど具体的なツールにまとめ、共有していく予定です。地元の食材の地産地消を促す取り組みなども併せて、暮らしの中の食べることを支えたいです」(横山雄士先生)
「介護職や一般の介護者向けには調理実習のほか、食事介助法をレクチャーする講座も開催します。今一度、日々の食べることの大切さを見直してもらい、おいしいもの、おいしく食べるコツを知っていただき、つくり、食べていただくために、市民の声、介護者の声を聞いて、イベントを定着させたいです」(副代表・言語聴覚士 石山寿子先生)。
栄養と共に、味わいや旬など食の楽しみ、喜びを大事に考えた取り組みにしていきたいとのことで、同会の今後の活動もぜひ取材を重ねていきたいと感じました。
一方、第2回公開セミナーは会場のCELEO国分寺「サロン飛鳥」に約100名の観客を迎え、横山代表の挨拶と同会の紹介の後、丸山道生先生の講演「胃瘻(いろう)にしますか? しませんか? 考えてみよう!」に続きました。
同会の世話人も務める丸山先生は日本外科学会(指導医・専門医)、日本消化器外科学会(指導医・専門医)、日本静脈経腸栄養学会理事であり、胃瘻の正しい知識の提供・普及を目的としたNPO法人「PEGドクターズネットワーク」の活動も担っていて、著書に「愛する人を生かしたければ胃瘻を造りなさい」があります。
はじめに「口から食べることと胃瘻は関係ないようで、大変関係がある。胃瘻については偏見や誤解が多いので、ご自分やご家族にも関係する可能性のあることとして今日は正しく理解していただきたい」と述べた丸山先生は、そもそも口から食べる以外にどのような栄養補給法があるのか、経腸栄養や静脈栄養の種類や方法、特徴をすべて紹介し、原則として「腸のはたらきが機能しているなら、腸を使って栄養をとることが大切だ」という点を強調しました。
その理由として、多くの免疫細胞が腸の周辺にあり、免疫力を維持するために腸がはたらくことが大切だということ、人の体にもっとも自然な栄養法であること、長期に渡って安全な栄養法で廉価なことなどを説明。ただし経管栄養の一つである、経鼻栄養は患者にとって咽頭喉頭の違和感や束縛感が強く、自己抜去の危険が大きいこと、経口栄養を再開するリハビリテーションがしづらいこと、刺激性の誤嚥性肺炎のリスクなどを解説しました。
また、医師がどのような判断基準で栄養法を選択するか、一般的な基準として6週間以上、経管栄養が続くと診断した場合は、経鼻栄養ではなく胃瘻を選択する方が患者の負担は少ないと考えると説きました。
しかし昨今、認知症など重度の脳障害患者や高齢者の終末期の胃瘻による栄養管理についてマスコミで大きく取り上げられたことなどにより、すべての胃瘻栄養が「延命処置」であるとの誤解や、不見識な胃瘻バッシングもあり、患者や患者家族が胃瘻造設に対し偏見をもっている場合が少なくないこと、患者や家族が経鼻栄養を希望・選択するケースが少なくない現状に警鐘を鳴らしました。
丸山先生は、「消化管のはたらきがある患者の場合、QOLを維持しやすく、在宅や施設での管理も容易な栄養法である胃瘻を差し控える場合には、他の人工的な方法での栄養補給も選択しない(=経口栄養のみとする)」というのが人工的な水分・栄養補給の基本であるべきで、この経管栄養についての基本が一般にも理解される必要を訴えました。
その上で、終末期においては適切な栄養管理が行われるように疾患別にガイドラインを設けることや、さらに個々のケースで倫理的・社会的な観点から人工的な水分・栄養補給をするか否か、どういった手段を選ぶか、患者や家族の選択を医療者、介護者が支える体制づくりが必要で、そのための学会活動や、NPO法人PEGドクターズネットワークの取り組みを紹介しました。
最後に、摂食嚥下障害が起こった場合には、まず適正な摂食嚥下機能評価と食形態調整、リハビリテーションが行われることが大切で、それでも症状が改善しない場合には早期に胃瘻で栄養を確保し、同時にリハビリテーション等によって経口栄養への復帰、栄養状態やQOLの改善をめざすことが可能なことを述べ、田無病院と日本歯科大口腔リハビリテーション多摩クリニックの「最後まで口から食べるプロジェクト」を披露し、同様の食支援が全国に広がっていることも新宿食支援研究会の取り組みなど事例を上げて紹介しました。
一般的には、食べることは「できる・できない」と考えることではなく、「口から食べられない」状態が起こって初めて摂食嚥下障害を知り、そのことが全身に及ぼす影響と栄養について考える場合が多いかと思いますが、急激に高齢化が進む中、加齢や病気によって、また加療中などに誰にでも起こり得ることとして摂食嚥下障害と治療について知っておくことが備えになります。
さらに、終末期の医療・介護の選択は本来、個々の死生観によるべきことも、理解し、考えておく必要がある、人生の重要な問題です。丸山先生の講義はそうしたことを考えるきっかけにもなる、大変貴重なお話でした。
次回は、「三鷹の嚥下と栄養を考える会」が開催した「一夜限りのKAIGOスナックin武蔵野」という前代未聞のイベントの模様と併せ、同会の活動をお伝えします。