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ルポ・いのちの糧となる「食事」

下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。

プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。

第76回 住み慣れた生活環境で予防重視のケア 
和光市・長寿あんしんプランにおける食支援(前編)

はじめに

 介護と介護予防、重症化予防の先進地として著名な和光市。その地域包括ケアシステムは「和光モデル」と呼ばれ、NHKなどテレビ報道もあり、他自治体や職能団体の視察も相次いでいるということなので、ご存知の方も多いでしょう。2003年(第2期計画)より実施され、今なお継続されている「食の自立支援」についてお話をうかがってきました。2回分載でご紹介します。

ニーズに基づく食支援
結果が出せる担い手育成も

 和光市では介護保険スタート時点(2000年)、第1期事業計画を展開しつつも、一方で、一般的に高齢者が介護を必要とすることになる身体機能低下と疾病の関係、高齢者に多くみられる生活課題等について分析し、その後、和光市の高齢者の実態調査に着手しました。

「3年ごとに事業計画を見直す介護保険制度は市の独自性を発揮することで市民に優良なサービスを提供できる制度と考えられました。そこで、第2期計画の準備として介護が必要となる要因のエビデンス分析と高齢者の実態調査を行なったのです。
 その結果、高齢者の不活性や虚弱、病気を招く要因として『栄養』『口腔(摂食嚥下障害)』『運動』の機能に不具合が生じているケースが多いということがわかりました。
 では、和光市の高齢者の身体状況や生活状況はどのような状態か。
 データはどこにもなかったので、記名式で高齢者1人ひとりの身体機能や疾病状況、生活課題を調べることにしたのです。それが、以降も定期的に行なっている『日常生活圏域ニーズ調査』です。
 ニーズ調査は『栄養』『口腔(摂食嚥下障害)』『運動』などの項目を中心に、一次的なスクリーニングができるよう、要介護状態に至る要因としてエビデンスが出ている項目を網羅する工夫をしました。
 中でも、栄養の点は重視していました。それは同時に、国の研究事業に参加する中で2025年問題や認知症予防などを含め、高齢者の健康維持・増進に『食の自立支援』が必要だとわかったためです。
 高齢者に対しては、栄養管理だけでなく、食材調達や栄養を考えた料理を作る技術をレクチャーすることなども含めて在宅に介護予防サービスを提供できなければ『食の自立』はあり得ない、と見ていました」(和光市保健福祉部長・東内京一さん)。

 ニーズ調査は、回答内容から作成する「健康アドバイス表」を回答者に送付することで保険料を支払っている市民への還元事業の一つと位置づけるとともに、未提出の人には「調査結果を医療・介護・福祉サービスに反映させて市民の健康づくりを支援する」と通知することで提出を促し、さらに「未回収の人にこそ課題がある」と民生委員(現在は介護予防サポーター)に全戸訪問を依頼し、潜在的なリスク者をも早期発見することに努めるそうです。
 さらに、何らかのリスクがあると思われるケースに関しては地域包括支援センターが訪問し、より具体的に栄養アセスメント、口腔機能評価等を行なっています。

「ニーズ調査並びに個別アセスメントの結果を分析したところ、実際に何らかの食支援の必要性がある人は5%程度。しかし、それ以外の高齢者のケアニーズに応える上でも『栄養管理等、食支援は基礎として重要』で、予期していた通り栄養管理以外にも、食にまつわる多様な潜在ニーズがあることがうかがえました。例えば摂食嚥下機能低下や、孤食などです。
 そこで第2期計画(2003年)では、介護保険だけでは対応できないさまざまな生活課題を解決することに主眼を置いた『長寿あんしんプラン(介護保険事業計画・高齢者保健福祉計画)』として策定し、既存のサービスは、実態に合わせて見直しました。
 高齢者それぞれが自宅や住み慣れた地域のグループホーム、小規模多機能居宅介護などを利用し、なるべく住環境を変えないまま、『重症化予防』または『介護予防』のケアを受け、自分らしい暮らしを続けられるようサポートするサービスをそろえると共に、地域包括ケアを実践するための人材育成も図ることとしたのです」(東内京一さん)。

 食の自立支援でまず取り組んだのは配食サービスの見直しで、1日2回(昼夜)提供する食事を栄養面、食形態が合う機能食(普通食、刻み食、カロリーコントロール食、たんぱく質調整食など)に変更しました。

「従来の配色サービスを、予防的観点から個々のアセスメント結果を反映したものへとバージョンアップさせ、食の自立へ向けて、配食サービスから“卒業”するためのケアを開始しました。
 疾病改善もあれば、疾病予防の低栄養・過栄養改善もあるという多様かつ複合的な“個々の問題”に対して、より具体的な栄養アセスメント・指導が必要なことは明らかでしたから、地域支援事業の中に管理栄養士が在宅に入れる仕組みとして『管理栄養ステーション事業』をスタートしました。  男性の独居の方なら『ごはんだけは自分で炊く』『総菜の買い方(選び方)』『レトルトや缶詰の活用法』『機能食の調理法』など、個々の生活状況にも応じて、毎日の食生活を営む力の維持向上をはかる個別ケアを行なった結果、徐々に配食サービスからも“卒業”する、食の自立が進んだのです。  一方、こうした食支援を定着させるために、訪問回数が限られる管理栄養士のサポートを補完することができる知識と技術をもった『介護予防ヘルパー』の育成も始めました。
 市が、ニーズ調査で把握した課題を解決するため、機能的な学びがある研修(内容は食支援のみならず口腔ケア、運動を含む)を実施し、人材を育成しています。
 具体的に食支援の点では、利用者の買い物に同行した際にはカロリー指導ができる、糖尿病の利用者に対して機能食を作ることができ、作り方の指導ができる。また、長時間立っていることがつらい利用者に対しては疲れない料理の仕方を指導するなどの指導技術を身に付けます。つまりIADL向上のために“I”を指導できるヘルパーです。市内で働く約半数のヘルパーが介護予防ヘルパーで、食の自立支援に大きな力を発揮してきました」(東内京一さん)。

「健康・生活上、何らかのリスクがある高齢者の多くが必要とする食支援は、疾病、個々の生活課題、経済力、嗜好なども加味し、個々の目標達成に向けて段階的なサポートが必要になる」と東内さん。
 通所ではなく、家庭の食生活の中(在宅)で個々にサポートし、“食の自立”をめざすので、ケアに携わる介護予防ヘルパーは学問的なこと以上に、機能的、実践的な技能を要します。
「過栄養を防ぐために1日の摂取量は●kcal」「脱水を防ぐために水分摂取量は●cc」といった栄養指導ではなく、「高齢者の家庭の食器で並盛りだと●kcal程度」「高齢者と共に野菜たっぷりの鍋をつくり、取り分けて共に食べながら、これだけの野菜を食べれば●cc程度とれる」といった具体的な指導をするとのこと。そのように生活になじむ食支援とするにはコミュニケーション力も問われるでしょう。そうした学びと実践の機会を市が設けてきたということです。
 ある意味では大変な学びですが、そうした学びと現場体験はヘルパー自身に「スキルアップになっている」と自覚されているそうです。担当した高齢者に“介護保険からの卒業”“自立度向上”“IADL改善”といったケアの具体的な結果が出ることで、モチベーションも上がり、離職する人が少ないという成果も出ているとのことです。
 そのように第2期計画(2003年)より介護予防を含めオーダーメイド、アウトカム志向の「食の自立支援」を続けてきて、現在まで基本的な考え方、仕組みは概ね変わっていないとのこと。それは、当時から2025年問題を見据え、地域包括ケアの仕組みづくり、地域づくりも視野に入れて取り組む中で、「食の自立支援」を進めてきたためでした。

 次回、引き続き和光市の「食の自立支援」についてご紹介します。