ルポ・いのちの糧となる「食事」
食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。
- プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)
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出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。
第74回 居心地いいカフェから広がる
介護の未来へ「決意」と「対話」(前編)
はじめに
今回は未来に「食べることを支える取り組みが継続され、広がる」ためにもなる、より基本的な取り組みを取材しました。介護の「未来をつくる」取り組みです。
食支援について取材していると「食支援についてだけ取材していればいいのか?」と疑問がわきます。食べることを支える取り組みが一層広がるには、医療・介護の業界内の認識・体制、メディアの報道姿勢、一般の人の健康観、死生観なども見直し、転換が必要で、それは「食べられない」ことで困る人、「食べられない」まま生き、食べることを諦めて亡くなる人が決して少なくはない中、待ったなしだと感じるためです。
とくに筆者は、今後「食べる」を支える存在として要介護者の生活に身近な「介護職」がより重要な役割を期待されると思うのですが、漫然と耳にする介護業界に関する情報はネガティブなものが多く、介護職に食支援を担う余裕があるのか、意欲・教育・スキルはあるか、もっとよく知りたいと思うようになりました。
そこで、希望がある情報を探す中、1つのムーブメントを見つけました。介護業界のネガティブイメージを他人や社会のせいにせず、介護業界の内側からポジティブな介護、未来の介護を切り開いていく取り組みが、多くの介護に関わる人々を引きつけ、しなやかに広がっています!
記事は「食べることを支える取り組み」とはほぼ無関係の内容ですが、未来の食支援にもつながる、貴重なムーブメントだと考えご紹介します。
自分を開き、介護を開く対話の場
お話をうかがったのは「未来をつくるKaigoカフェ」代表の高瀬比左子さんです。3年前から介護職が多職種と情報交換し、学び、仕事のスキルとモチベーションをアップし気づきを得る“対話の場”を設けてきました。
高瀬さん自身、長く介護の仕事を続けており、現在もケアマネジャーとして働く一方でカフェ運営を行っています。
「未来をつくるKaigoカフェ」を始める前のこと。高瀬さんは介護福祉士を経てケアマネジャーとなり、働きながらも「資格を取り、管理職になる。決められたレールの上を行くことが自分らしく働き、社会に貢献する道なのか悩んだ」と話します。
「資格を取り、ステップアップしているのに、なかなか自分の思い描く将来のイメージをもつことができませんでした。どうなりたくてステップアップしているのか、肝心な所が曖昧な気がしたのです。
利用者さん個々の自立支援をする仕事だからこそ、自分のしたいことは何か、自分らしく働くとはどのようであることか、もっと向き合わなければいけないと考えるものの、目の前の仕事や職場の問題で精一杯で余裕を失くしていました。
それでも介護の仕事が好きで、離れたくなかった。利用者さんが、その方らしい生き方、暮らし方を全うすることを支える中には、大切な学びと希望、誇りを感じる瞬間がたくさんある仕事です。仕事を続けるために、『自分の介護と向き合うためには外に出なくては』という逆転の気づきにたどりついたのです(笑)」(高瀬さん)
高瀬さんの言う「外に出る」とは、自分の思考や仕事の専門性を言葉にして、日常・職域の枠から外にも発信するということでした。介護業界に限らず、さまざまな立場の人と介護について対話することから自己の内側にある可能性や眠る情熱、業務改善のヒントを見出す、といった気づきです。ツールとして活用したのはSNSでした。ブログ等で介護職の専門性を言葉にして伝え、自分を開く中で、高瀬さんは期待以上の体験を得たそうです。
「私と同様に、介護について発信している方々にメール等でコンタクトも取りました。対話によって他の事業所で働く介護職や多業種の経営者、法律関係の方など多くの視点から介護業界を見る機会をいただき、視野が広がっていくと同時に、元気がチャージされていくようでした。
出会いは、出会いを呼び、つながる人が増えていきます。
Facebookなどで発信した思いに『いいね!』と返ってくると、背中を押してもらっているように感じられ、単純に嬉しかったり、気が楽になったりしますよね。異なる意見は、思いがけない気づきをくれ、そして、自分自身の問題と向き合っている人の存在からは勇気をもらいました。
自分らしく働くとはどのようにあることか。それは問い続ける大きな問題。ずっと問い続けつつ、能動的に未来をつくっていくことについて考えるようになったのです」(高瀬さん)。
一方、その体験から察し、案じたのは、対話をもたない人の閉塞感でした。
「自分自身も、閉塞感をもっていたと客観視したのです。介護については一般的なネガティブイメージもあり、専門性やプラスの側面が語られる機会が少ない。そして介護職は、勤めている事業所では仕事に追われ、やはり専門性やプラス側面に目を向ける余裕がなく、いつしか目的意識を見失い、やる気が萎えてしまいます。
モチベーションが下がれば心身の疲れが増すので、休みの日も無為に過ごし、職場でも元気がでない悪循環に陥ってしまう人が少なくないと思いました」(高瀬さん)。
「未来をつくるKaigoカフェ」の前身となったウェブ上での座談会や勉強会を開催したのは、悪循環から抜け出すには「出会い」と「対話」が必要、自ら外に出なければ社会との接点を見失ってしまう、との危惧から。顔が見える対話の場としてカフェに発展して、高瀬さんがSNS等で出会った人たちとの縁を活かす場にもなったということです。
カフェは初回から3年間で約80回開催されました。原則として月1回、都内のカフェで開催してきましたが、徐々に参加人数が増え、場を広い会場に変えて開催することが増えてきたとのこと。高瀬さんがファシリテーターとなり、介護に関する身近なテーマを設定し、グループディスカッションするタイプのほか、学校やイベントへの出張カフェ、女性介護職など参加者限定タイプのカフェ、各地でのカフェ開催支援など活動が多様になり、一部は事業化されています。
とはいえ任意の奉仕活動が中心とのことで、高瀬さんが仕事や生活の傍ら場を提供し続けるのは何故か、原動力は何でしょうか。
「介護の仕事を続ける当事者として、介護業界を元気にしたいし、イメージを変えるために自分なりに行動したいと思ったのが原点ですが、思った以上にカフェが盛会で、多様化したのは、私自身が、ゆるいつながりができた人たちとの交流が楽しく、それを保つ楽しみをもち続けたい、元気でいたいから、参加する皆さんも同じ気持ちでいてくれるから、とそんな風に考えています。
体は1つですし、自分ができる以上のこと、無理はできません。ゆるやかなつながりの中から、同様の取り組みが他の地域で広がってほしいという気持ちは活動を始めた当初からもっています」(高瀬さん)。
しなやかに、確実に、対話で介護の未来を創造するムーブメントを広げる高瀬さんの活動の中で、筆者がとくに注目し、お話をうかがったのは「小学校への出張カフェ」について。次回の記事でご紹介します。
- プロフィール
- ●高瀬比左子(たかせひさこ) 「未来をつくるKaigoカフェ」代表。介護福祉士・社会福祉士・介護支援専門員。大学卒業後、一般企業を経て、高齢者NPO団体設立支援や訪問介護事業所、施設や施設ケアマネジャーとして勤務する中で「未来をつくるkaigoカフェ」を主宰。対話を通じて介護の未来と、地域社会への還元を模索。平成27年8月、厚生労働省が主催した「第3回介護人材確保地域戦略会議」にて先進事例の1つとして「学校向けkaigoカフェ企画 ~講義型、体験型、対話型の授業をミックスした小学生へのカフェ活動について~」を発表。