ルポ・いのちの糧となる「食事」
食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。
- プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)
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出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。
第73回 仲間がいるからできたこと、したいこと
この先の食支援めざし隊!(後編)
はじめに
連載71回より、さいたま赤十字病院に勤める言語聴覚士・安西利恵さん、管理栄養士・井原佐知子さん、摂食・嚥下障害看護認定看護師・矢野聡子さんに、同院を退院後、自宅に帰った摂食嚥下障害患者の食を中心とした環境を追跡調査した件についてうかがったお話を紹介しています。
初回は調査に至る経緯と、同院の“食べることを支える取り組み”について、第2回は調査の動機と内容・結果についてまとめた記事を掲載しました。この最終回は、結果から安西さん達が感じたこと、見出した課題と、食べることを支える取り組みに携わる思いについてまとめます。
病院の内に、外に理解深めたい
食支援は治療・療養の基盤となるケア
摂食嚥下障害のため嚥下調整食を食べている段階で退院し、自宅療養する患者・家族に対してアンケート形式で実施した食を中心とした環境についての追跡調査では、退院指導やそのために制作したパンフレットは役立ち、退院後も活用されているものの、療養生活の中で発生・変化する「食に関する困りごと」を医療・介護の専門職に相談している人は少なく、患者の希望もあって嚥下機能に合っていない食事が提供されている場合もあることが分かりました。
また、継続的なケアの潜在需要があることがうかがえ、安西さん達は「むせていてもとろみ剤を使用せず、家族と同じ食事に食形態を変更しているケースは今後、誤嚥性肺炎のリスクが高いとも考えられ、退院後も摂食嚥下障害の啓発や、嚥下機能を再評価する機会が必要」と考察しました。
「老々介護世帯も多いので、退院指導用のパンフレットを見直して、理解度に応じてポイントを絞り、簡略化する必要もあるかもしれません。
用語も、一般的な言葉に置き換えて、より分かりやすくしたいですね。その必要は、通常の業務の中でも感じていたことです。
『摂食嚥下』などという言葉も、日常の中ではイメージしにくいかもしれません。むせていても、量が減っていても、なんとか食べられていると思ってしまう。地域の多職種にケアをつないでいくためにも、分かりやすい伝え方を考えていきたいです」(井原さん)。
「食事は日々3度のことなので、家庭に帰ると患者さんの要望に応えてしまうご家族もおられるようです。
今回の調査時には幸い誤嚥性肺炎を起こした方はいらっしゃいませんでしたが、患者さんに合っていない食形態の物を食べるのは誤嚥性肺炎のリスクが高くなります」(安西さん)
「老々介護世帯、経済的な問題など、各家庭の事情も反映された結果で、食べることを支えるケアの難しさを再認識しました。
とはいえ、私たち医療に携わる者にはできることがたくさんあると思っています。
これまで同様、皆で連携して、1つずつ課題を改善していきたいですね。再来年、さいたま新都心駅西口への移転と共にさらに充実した医療体制を整える機会となりますから、患者さんの治療・療養を支える食支援ができるようにしていきたい。
地域の医療者とも、職域の壁を超えて情報を共有できたら、もっと広がるでしょう。その必要を感じました」(矢野さん)
「嚥下調整食の調理に意欲的な介護者もいらっしゃることが分かったので、ミキサーなどの調理器具の使い方やレシピの提供など、1歩踏み込んだ提案も準備しておきたいと思いました。安全でおいしい物が作れることを、もっと広めたいです。
病院の移転後は給食システムを変更することが決まっていて、入院患者さんに提供する食事の質の向上をめざしています。よりおいしい食事の提供をすることで患者さんをサポートできます!」(井原さん)。
「安全な療養生活を続ける上でご家庭全体の食のQOLが大切だと思いました。
介護者が『患者の前では食事ができない』『患者と同じ柔らかい物を食べている』などが続くと、介護者の負担が懸念されます。患者さんと介護者を共に支える必要を感じます。
今後は当院を退院した摂食嚥下障害患者を支える受け皿として、外来診察、相談窓口設置など検討していくことができたらと思っています」(安西さん)。
安西さん達3人は、集計結果から退院指導の在り方について見直し、話し合い、尊重し合い、さらに食支援の絆を深めたようです。
「調査・集計をして、結果を見ながら議論して、改めて安西さんと矢野さんの見識から、多職種で関わる意味を感じ、モチベーションを刺激されています。自然にできたチームがこんなにうまく機能している、それは誇りにできるかもしれませんね」(井原さん)。
「確かに、この3人で話していると、食べることを支える大切さを見失わず、いろんなアイデアが出て、摂食嚥下障害のケアは奥が深いと思いますね」(矢野さん)
「摂食嚥下障害のケアは多職種連携が重要ですね」(安西さん)
「同感です。私自身は、摂食・嚥下障害看護認定看護師になったのは、機能障害のある患者さんとご家族の希望を叶えられる選択肢をもち、共に患者さんの治療に当たる他の医療者にも積極的なケアを提案できるようになりたかったからでした。
食べることを支えることによって回復の兆しや生きている証を患者さん、ご家族のみならず我々医療者も感じられるケースは多いので、治療の基礎というか、生きていることを支えるケアと思って、取り組む価値があることだと感じています。
今後もより深く学び、食べることを支えられる仲間とつながりたい」(矢野さん)
「今後も院内、また地域で摂食嚥下ケアの大切さを伝え、多くの人とつながることが患者さんやご家族の健康を守る医療の基盤として大事なことだと思います。
まずは院内でより一層の理解、連携に努めていきたいと思っています」(安西さん)。
次回(1月6日更新)は、「未来をつくるkaigoカフェ」を主宰する高瀬比左子さんにうかがったお話を掲載予定です。