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ルポ・いのちの糧となる「食事」

下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。

プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。

第72回 仲間がいるからできたこと、したいこと 
この先の食支援めざし隊!(中編)

はじめに

 前回より、さいたま赤十字病院に勤める言語聴覚士・安西利恵さん、管理栄養士・井原佐知子さん、摂食・嚥下障害看護認定看護師・矢野聡子さんに、同院を退院後、自宅に帰った摂食嚥下障害患者の食を中心とした環境を追跡調査した件についてうかがったお話を紹介しています。
 前回は、調査に至る経緯と、日常の業務の中で行われている“食べることを支える取り組み”についてまとめた記事を掲載しました。今回は、調査の動機と内容・結果についてまとめます。

ケアの中断は肺炎・再入院のリスク?!
課題は継続的な啓発・評価・ケア

 同院では、2007年から徐々に摂食嚥下ケアの体制が整っていき、安西さん達は退院患者への継続的ケアの一環で、行った退院指導が家庭でも役立っているか、今後よりよい退院指導を行う課題を探る必要があると考えたと話します。

「急性期医療を担う病院のため、入院中に嚥下訓練と嚥下調整食の食事指導を受けて自宅に退院する方は年間10~20名弱です。その方々のその後の摂食嚥下状態を外来でフォローする機会はほとんどないので、退院した後、どのような生活をされているのか、気がかりでした。
 退院後の摂食嚥下機能の経過や誤嚥性肺炎の発症の有無を調べ、現在の退院指導の在り方とさらなる改善点がないか調べてみました。
 近隣の医療機関なども含めて、外来で摂食嚥下障害を継続的に診てくれる場所は多くはなく、在宅療養患者は困ったときに相談できる場所がないと、一部の患者さんから退院後のフォローを要望されたこともあり、どのような医療が望まれているか調べる必要がありました」(安西さん)

 在宅介護を担う家族は他の面でもいろいろと大変なことがあり、療養が続く中で摂食嚥下機能に注意を払い、食形態を変える適切なタイミングを判断することは難しいと思われます。
 進行性の病気がある患者の退院指導では、今後、摂食嚥下機能が低下する可能性もあるので日々の食事場面に注意を払うよう、ていねいに説明をしているそうですが、説明を聞いてから数十日後、数カ月後に起こる摂食嚥下機能の変化は見えにくいでしょう。
 安西さんは、「なるべくなら継続的にフォローして差し上げたいので、その方法を考えていく第1歩とてしてこの調査を行うことにしました」とも話しました。

「皆さんがご自宅で、誤嚥性肺炎にならず安全に暮らしていただきたいと願っています。
 退院指導のパンフレットをご家庭でも見ていただけているかを知りたいと思いました。またより一層活用していただくためには、パンフレットを改善する必要があるかと思い、調査してみたかったのです」(井原さん)

 調査は、摂食嚥下障害のため嚥下調整食を食べている段階で退院し、自宅療養する患者・家族22組(2013年1月~2014年6月入院)に対してアンケート形式で実施しました。アンケートの郵送時期は退院後3カ月~1年4カ月です。
 問いは、

  • ・ 生活(姿勢、一口量、運動機能、摂食嚥下障害の状態、自宅での療養が継続されているか、主たる栄養確保の手段、経口摂取の状態、嚥下状態、誤嚥性肺炎の有無、口腔ケアの状態)
  • ・ 食事(嚥下調整食の調理法理解度・実施度、食べている物、嚥下調整食調理の難易度、困ったときの対処法、市販品の利用状況、とろみ剤の使用状況)
  • ・ 社会的資源(利用している在宅医療・介護サービス内容、摂食嚥下障害において困りごとの有無・内容、相談先があるか否か、退院後に摂食嚥下障害関連の勉強会や嚥下調整食の調理実習があれば参加したいか、退院後も外来等での摂食嚥下ケアを希望するか)

の3項目32問で構成され、10組からの回答を結果にまとめました。
「既に患者さんが亡くなっていたケースは集計から省きました。初回の調査ですので、有効回答数とカウントできたのは10組でしたが、得られた回答には細かい記載があり、貴重なご意見をいただけたと思っています。
 結果を参考に業務改善するほか、何らかの形で調査を継続していくことで、よりよい退院指導やケアにつなげていきたいですね」(井原さん)

 集計結果でとくに着目した点は、
  • ・ 運動機能が改善した患者は摂食嚥下機能も改善している
  • ・ 口腔ケアの回数は1~3回以上とばらつきがあったが、習慣が定着していた
  • ・ 半数の患者は何らかの在宅医療・介護サービスを受けているが、半数はまったく受けていない
  • ・ パンフレットは活用されており、退院指導(姿勢、一口量、栄養食事指導)が食生活に反映されている
  • ・ 嚥下調整食の調理を大変だと感じている人はさほど多くない
  • ・ 調理は「自己流」で行っているとの回答が半数
  • ・ 市販品の利用は6割
  • ・ 時々むせるは6割、むせないは4割。「時々むせる」人の半数はとろみ剤を使用し、ペースト食を摂取。残りの半数はとろみ剤を使用せず、家族と同じ食事を摂取。「むせない」人はとろみ剤を使わず、家族と同じ食事を摂取
  • ・ 退院後、誤嚥性肺炎を起こした患者はいなかった
  • ・ 摂食嚥下障害について勉強会や調理実習に参加を望む人は2割、嚥下機能の検査や相談窓口を受診したい人は8割

 で、安西さん達は問題点として、「むせていてもとろみ剤を使用せず、家族と同じ食事に食形態を変更しているケースは今後、誤嚥性肺炎のリスクが高いとも考えられ、退院後も摂食嚥下障害に関して啓発や嚥下機能を再評価する機会が必要」と考察しました。

「家庭では患者さんの『家族と同じ物が食べたい』という希望が強く主張され、介護者も家族間で衝突を避けることを優先せざるを得ないムードが見えました。
 また、本やネット情報なども見てはいるようですが、“自己流”の調理法で嚥下食を作っている方が多く、医療・介護の専門職に相談している方は少なかったです」(井原さん)

「家族が『嚥下障害のある患者の前では食事ができない』『患者と同じ柔らかい物を食べている』などの意見もあり、家庭の食生活のQOLや団らんにも影響しているのが分かりました」(安西さん)

「『もう少し早く調査してほしかった』というご意見もあり、何かお困りのことがあって出た言葉と察しました。困ったときに相談できる場が少ないことがうかがえます」(矢野さん)

 安西さん達は集計結果を前にして、数字やコメントに表されていない、行間にある患者や家族の思い、不安、期待を読み取ろうと苦心した、と話します。
 「退院後の患者さんは安全に生活できているだろうか、退院指導は役に立っただろうか」と思いを馳せるだけに留まらず、調査を実施したこと、結果から医療ニーズを読み取る行動は未来の食支援につながる成果だと、お話をうかがって感じました。

 次回に続きます。