ルポ・いのちの糧となる「食事」
食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。
- プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)
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出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。
第64回 障害児の訪問歯科診療に“萌え”
表情が輝く、その瞬間に立ち会いたくて(後編)
はじめに
記事タイトルに“萌え”とつけたのは、取材の折、石塚ひろみ先生が笑顔で、
「治療の最後にハイタッチ。『頑張ったんだよ!』という思いを、力一杯のハイタッチで表してくれる素直な子ども達からパワーをもらっています。そんなとき、子ども達のケアに来るのが好きだなぁと、つくづく思うの♥」
などと、子ども達と接する喜びを繰り返したのが印象的だったからです。
前回より、重度障害児を中心に障害者や高齢者への訪問診療を積極的に行っている歯科医師・石塚ひろみ先生にうかがったお話をご紹介しています。
人を診て、生活を支える歯科医療
障害者への訪問診療の広がりを期待
石塚ひろみ先生が訪問診療を行っている障害者、高齢者いずれの場合も「生理学的・解剖学的背景が一般的な患者像とはかけ離れており、しかも多様で変化が著しく、コミュニケーションの問題もある」とのこと。しかし、個々の状態に合わせた口腔ケアと歯科治療、そして食事を経口摂取できない場合についても食支援やQOL改善など、訪問歯科診療にできることはたくさんあり、石塚先生は「口は『からだの玄関』で、感覚のするどい場所だから、不快でない刺激なら、どんな刺激もムダになることはない」と話します(前回詳細)。
食事の経口摂取ができる患者については、食事(給食)の様子を見て、食べ方や食べさせ方、食形態に問題があるケースも少なくないので、調理環境なども聞いた上で改善可能なことを父兄や支援学校の先生方、周囲の看護・介護者にアドバイスしているそうです。
「たとえば知的障害のお子さんなど、一口の分量が分からず、口いっぱい頬張るクセがついているお子さんが多く、噛まずに丸吞みしてしまうお子さんも少なくないので危険です。それは小さい頃から食事介助を続けた結果、手づかみで食べて一口量の感覚を養う機会がないまま成長したことが影響しています。極端に清潔好きのお母さんだったりすると、一般のお子さんにも同様のことは見られます。
発達については“飛び級”ということができないので、必要な段階に戻って養うことが理想的ですが、それが難しい場合は細長い形状のおにぎりやスティック野菜を提供することで危険な頬張り・丸吞みを防ぐことができ、お子さんにも好評だったりします。
高齢者の場合は、患者さん自身が誤嚥予防のマッサージや訓練に取り組む気持ちを高める工夫をします。摂食嚥下機能低下を指摘するより、顔を若返らせるというテーマで勧める方が効果的なことも多く、表情を褒める! を徹底しています(笑)。女性の場合は口紅を塗って差し上げたり、スキンケア化粧品の使用を勧めることもあり、喜ばれますよ。
患者さんにとって、気持ちのいいケアがいちばんだと思っていますが、子どもと違って、高齢者の本音を引き出すのは難しいこともあります。
以前、『入れ歯をなくした』という訴えがありましたが、よくよく聞くと『下の入れ歯を入れると吐き気がする』と本音が出て、捨ててしまったことが分かりました。こうしたケースでは補綴学的選択として義歯をつくり直すべきか、ないままでも日常生活に支障を来していない事実を重視すべきか、悩みます。患者さんや周囲の介護者と共に悩みながら答えを出すしかありません。
一方、高齢者の訪問診療で気になるのは食事の質や、孤食。味覚障害や廃用萎縮などを招く原因になっていると感じますが、医療が介入できない生活の問題で、歯がゆさを感じています」(石塚先生)。
孤食の高齢者は人と話す機会も少なく、認知機能が低下することも心配されます。石塚先生は「こうした歯がゆさは周囲の多職種の方も感じておられるかもしれませんね」と話し、社会全体の問題として大きいし、今後、より大きくなるのではないかと危惧します。
「また、高齢の方の中には間違った医学知識や自己流の健康法にこだわりがある人が少なくないので、通院歴のない患者さんの場合はバイタルチェックをしてリスクを見逃さない注意、多職種との連携が必要だと考えています。
障害者と高齢者の摂食嚥下障害のケアや食支援については故・柴田浩美先生や、中島知夏子先生などから実践的なことを学び、現在も摂食・嚥下リハビリテーション学会に籍を置くなどして、患者さんのQOL向上につながる情報を得て、実践しています。
時間がかかるケアを実践する上で、患者さんのトイレトラブルには注意が必要。また、バイタルを示すモニターの数値がどのような臨床像を表しているのか、日常の動向を把握していなければ危険です。相応の知識や経験がないと、周囲の多職種や家族の理解・協力も得にくいものです」(石塚先生)。
自らを「美と食と健康オタク」と称する石塚先生は障害者、高齢者への訪問診療は大切なライフワークだと話します。これまで自分自身の興味もあって探求してきた美容法や整体、食ほかあらゆる雑学の知識までもが、訪問診療で役に立つことになり、
「ここにつながっていたんだ! というミラクルも感じることができてハッピー」
とも。実際にはキュア、ケアが難しい症例と向き合うことを楽しむのは、どのようなケースでも患者の口にムダになる刺激はない、患者と家族の幸福に寄与すると揺るぎない確信があるためでしょう。明朗で、素敵です。
そして言葉の裏に、石塚先生が歯科治療を中心にあらゆる手法を用いて患者それぞれのQOLを高め、トータルで生活を支えようとする意志を感じました。これはほかの方を取材していた際も感じたことですが、患者がどのような状態の人であれ、在宅でのケアでは生活を支える意志をもち、“専門性以外の機転を利かしたケア”ができる幅をもつ人が求められ、活躍しているようです。
もちろん機転を利かして別の専門職につなぐ、ということも必要になり、コミュニケーション力が必要になることは別の回にも書きました。大雑把に言えば「人間力」ですが、それは人柄だけのことではなく、プロの技能として想像力、応用力があるということかと思います。
重度障害の20歳の女性患者について、「歯列が重なり、歯肉がひどい炎症を起こし、長い間、強い口臭が放置されてきた患者さんでしたが、治療をして改善できました。20歳の女の子らしくきれいな状態にしてあげたかった。はじめ治療に消極的でも、気持ちいいマッサージを受け、口の中がさっぱりすればそれが分かり、微妙に表情の変化が見られ、輝く。その瞬間に立ち会うことは私の喜びです」と話した石塚先生。
「20歳の女の子らしく」の言葉に、口の中でも、障害でもなく人を診る歯科医療を感じます。知己の歯科医師や歯科衛生士、重度障害児の父兄などから、障害者の訪問診療について講演やワークショップを頼まれることが増え、「少しずつ“広がり”を感じている」とか。それは社会にとって朗報だと思いました。障害者の口腔ケアや摂食嚥下ケアについて、今後も取材を続けたいです。
次回は、先に行われたWAVES「元気に食べてますか?」運動(2015年9月20日、東京・巣鴨)について掲載します。
- オウル歯科(埼玉県草加市)
http://www.owldental.com