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ルポ・いのちの糧となる「食事」

下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。

プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。

第55回 地域で超・栄養ケア 
訪問栄養士ができるすべてのこと(1)

はじめに

 今回より、在宅介護の場で「口から食べる」を支える管理栄養士の江頭文江先生にうかがったお話を掲載します。
 拠点とする神奈川県厚木市で15年、公私に亘る活動で地域づくりを担い、地域包括ケアの仕組みづくりにも参画する江頭先生のお話は、食支援に限らず、ケアに携わるすべての人に大切な示唆を含むと思われました。4回分載でご紹介します。

住民、行政とも共に
「食」をハブに地域づくり

 「地域栄養ケアPEACH厚木」を率いる江頭文江先生は2000年、「フリーランスで、在宅の食支援をする」と決め、活動を開始しました。前職の病院勤務(聖隷三方原病院、静岡県浜松市)では摂食・嚥下の研究と障害のある患者への栄養ケアに携わり、在宅での食支援の必要性を強く感じていたため、移転を機に決意をしたとのこと。とはいえ引っ越したばかりで土地勘も人脈もありませんでした。
 まさにゼロから、新天地・厚木で自身の活動の場を切り拓く必要があり、それは図らずも「地域づくり」となりました。ちょうど時期を同じくして立ち上がっていた「厚木医療福祉連絡会」に加わり、2001年から専門部会の1つとして「摂食・嚥下部会」をつくったことが起点となります。厚木医療福祉連絡会は、医師会、歯科医師会、薬剤師会を中心に、福祉関係者や行政がその連携を目的に立ち上げた組織で、専門職ごとの部会が組織されていました。その中に、「職」ではなく「食」で集う部会を起こしたのです。
 地域の医療福祉関係者と会合や研修で顔を合わせ、共に学ぶ回を重ねることで、「地域に在宅の食支援をやる管理栄養士がいる」と認知され、信頼関係の上に立って協働できるドクターや他職種とネットワークが広がったそうです。
 さらに、そのネットワークから派生して複数の研修会を企画・運営することによって、地域に食支援を理解し、実践する栄養士やケアマネジャー、ヘルパー、歯科衛生士を増やし、多職種のネットワークを拡大していきます。
 2008年には神奈川県摂食・嚥下リハビリテーション研究会が発足し、神奈川県全域での食支援に関わるようになりました。現在も、厚木医療福祉連絡会の摂食・嚥下部会は江頭先生の地域づくりのベースだということです[]。
 一方で、地域栄養ケア団体「ピーチ・サポート」を設立(2001年)、2004年4月より「地域栄養ケアPEACH厚木」と改称して訪問栄養ケアを中心とした食支援を続けています。  厚木市並びに近隣市区町村も含めた訪問指導を通じて在宅介護の中で食べることを支えながら、一般向けの栄養指導(生活習慣病予防や介護予防など)、子どもをもつお母さん向けの栄養指導(離乳食教室や保育園での食育活動など)も行なってきました。
 そんな江頭先生が食支援のための地域づくりでとくに大切に考え、配慮し、働きかけた点は、“地域の医療・福祉の中だけ”で食支援の仕組みづくりをするのではなく、真に“地域の中で”食支援の仕組みづくりをするということでした。

「地域で食支援を行なう上で多職種が連携することは重要ですから、私のようなフリーランスと多事業所、そこで働く他職種が食支援の意義や目的を共有すること、技能を高め合うことは大切です。まだまだ医療福祉関係者の中で食支援について理解を深めなければと思います。
 しかし、それだけでは地域の食の問題と向き合うのは難しい。地域というのは『さまざまな生活が混在する場』で、実際にそこで生活している人や、地域にさまざまな仕組みをつくる行政とも共に地域づくりする必要がありました。
 立場が違えば、同じ方向を見ていても着眼点が違ったり、使う言葉が違ったりします。そこは時間をかけて、あの手、この手を考え、理解し合うことをあきらめない。食支援が必要な人に届くため、チャンスがあったら絶対に逃さない。そういったコミュニケーション力はフリーになって相当に鍛えられました(笑)」(江頭先生)。

 現在、3人のお子さんの子育ても真っ最中でもある江頭先生は、子ども会の会長も務め、地域福祉推進協議会といった場に出ることで、「地域の医療福祉に対するニーズが見えることもある」と話します。私的な地域活動も大切にして、地域住民の目でも地域を見てきました。ゆえに地域栄養ケアPEACH厚木としてはあらゆる世代の「食支援」ニーズを考慮し、ケアを提供することとし、摂食・嚥下障害がある人の栄養ケアのプロとして在宅、ターミナルの食支援に関わる一方で、住民の関心が高い予防や食育にも取り組んできたのです。

「医療福祉側が見ている『地域の食、健康問題』と、地域福祉側が見ている『地域の食、健康問題』には隔たりがあります。地域住民として働くことで、両方の目をもたせてもらっていますが、それでも地域の中に見えていないことはあると感じています。
 しかし、地域活動によって民生委員やPTA、行政下の食生活改善推進委員など、食支援の人的資源にもなる存在とつながれています。住民の中には、子育てで休職中の栄養士や看護師、歯科衛生士など他職種の潜在医療福祉関係者もいます。たくさんの目で地域全体を見ていれば、誰かが問題に気づけるはず。皆が地域の財産です。
 また、一般の方について言えば、多くは『口から食べられなくなる』ことなどイメージしていません。『摂食・嚥下』『食形態』などと言っても、多くの人はまだ自分には関係ないと思ってしまう。けれど、食に関して心配や、困りごとはどの世代の人にもあります。まずはそこにプロとして応えて、『食べることで何か困ったとき、相談できる場がある』と知ってもらうことが大事でしょう。
 興味があることに応え、聞く耳をもってもらえたら、食支援の話しもできます。『食べられなくなる』ということが起こり得ることを『頭の隅っこに置いておいてね』と伝える。それは身近な高齢者の摂食・嚥下状態の悪化に気づくきっかけになり、食支援につなぐ目を地域に育てる1歩です。
 どんなに大事なことも、伝わらなければ意味がありません。伝えるだけでは、地域は変わりません。気づきを増やすために、やはりあの手、この手。伝え方やタイミングを工夫しています。
 また、ターミナルケアに携わっているから、生涯において口から食べること、栄養の大切さを伝えられ、生活習慣病や摂食・嚥下障害、介護の予防、食育に展開できていると思っています。
 ターミナルケアでは人それぞれ、どのような終末期を迎えるかは異なり、それには必ず『その前段階があること』を見せていただきます。だからこそ予防の段階での『食べること』の重要性を痛感します。
 さらに摂食・嚥下障害のケアを通して多くの視点を学び、機能の発達期である離乳食のケアや食育とも多くの共通のポイントがあると思っています。
 いずれにせよ生涯に亘り『口から食べること』は人にとってとても大切です。
 私自身、栄養士になった頃は食の力を分かっていたとは言えません。摂食・嚥下の研究に携わってケアした方々、ターミナルケアで見送った方々、また一所懸命もぐもぐして食べることを始めた赤ちゃんに、食べることがどれだけ力があることか教わったのです。今も日々の仕事の中で、気づきをいただく毎日です」(江頭先生)

 15年の公私に亘る活動で徐々に、公的に地域づくりを担うこととなり、今年からは厚木市が地域包括ケアシステムの構築に向けて協議するために組織した「厚木市医療福祉検討会議」のメンバーとなり、食支援を超えて、ケア全般のための地域づくりに携わっています。
 ここでも“医療・福祉の中”で地域包括ケアの仕組みづくりをするのではなく、“地域の中”での仕組みづくりを志向しています。

「ヒューマンネットワークをつくっていくわけですが、地域包括ケアにおいて『食』はハブになれることですから、食支援の地域づくりで培ったことを活かせると思っていますし、それを求められていると考えています。
 実践者として会議に関わる責任の重さを感じていますが、食支援が広がる大きなチャンスでもあると見ています」(江頭先生)

 次回も引き続き、江頭先生にうかがったお話をご紹介します。

[*]^ 江頭先生が厚木医療福祉連絡会の摂食・嚥下部会を立ち上げ、医療福祉関係者や行政とのネットワークを広げた後、派生して複数の研修会を企画・運営された様子は、書籍「食べることの意味を問い直す 物語としての摂食・嚥下」(新田國夫、戸原玄、矢澤正人共著 クリエイツかもがわ刊)に寄稿された一文「全国の事例から見る摂食・嚥下ネットワーク 4項」に詳しく掲載されています。摂食・嚥下ケア、食支援に関心がある方には大変学びの多い書籍としてご紹介いたします。

プロフィール
●江頭文江(えがしらふみえ) 「地域栄養ケアPEACH厚木」代表。管理栄養士。日本摂食・嚥下リハビリテーション学会評議員、日本在宅栄養管理学会評議員、神奈川摂食・嚥下リハビリテーション研究会世話人、神奈川PDN世話人、厚木医療福祉連絡会幹事、厚愛地区医療福祉連携会議委員、厚木市医療福祉検討会議委員。日本栄養改善学会、日本静脈・経腸栄養学会、日本病態栄養学会。福井県生まれ。静岡県立大学短期大学部食物栄養学科卒。聖隷三方原病院(静岡県浜松市)栄養科にて嚥下食の研究や摂食・嚥下障害者への栄養管理を行なう。2001年より神奈川県厚木市にて管理栄養士による地域栄養ケア団体「ピーチ・サポート」を設立。2004年に現名称に改称。2010年「訪問栄養指導対象者の現状分析と転帰に関する研究」で第76回日本栄養改善学会奨励賞受賞。著書に「在宅生活を支える!これからの新しい嚥下食レシピ」(三輪書店)、「かみにくい・飲み込みにくい人の食事(改訂版)」(藤谷順子監修 主婦と生活社刊)、「チームで実践 高齢者の栄養ケア・マネジメント」(阿部充宏協力 中央法規出版刊)ほか多数