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ルポ・いのちの糧となる「食事」

下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。

プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。

第53回 最期まで食べられる街づくり 
新宿食支援研究会NOW(前編)

はじめに

 新宿・ふれあい歯科ごとうの代表・五島朋幸先生は1997年から夫人の登世子先生と共に訪問歯科診療を実施。2009年より「新宿を『最期まで口から食べられる街』にする」として新宿食支援研究会(以下、新食研)を設立、率いてきました。
 今回から2回に亘り、五島先生に食支援についてのお考えと新食研の活動についてうかがったお話をまとめます。

変わったようで変わらない20年
食支援における新宿の強み

 約20年前、介護保険制度がスタートする前から、地域の食支援に携わってきた五島朋幸先生です。まず、その時間を経て、食べることを支える取り組みはどのように変わったと見ておられるかうかがってみました。すると五島先生は苦笑し、「変わったようで変わらない」と話し、次のように説明してくれました。

「確かに制度面で変化は見られ、高齢者のケアをする事業所などは増えました。しかし食支援が必要な人が少なくないという状態は変わっていません。高齢化が進み、独居の方が増えるなど高齢者の生活環境が変わり、地域内の、一般家庭での介護力は下がっています。
 とはいえ、いい意味で変わらないこともあります。実質的に地域でのケアを牽引している医療者の顔ぶれが変わらない。英裕雄先生や秋山正子先生など、ほぼ時を同じくして新宿で地域医療・看護に取り組むようになった頃は皆が30、40代でした。
 それぞれ新宿という街に地域医療を根付かせるために試行錯誤する中で顔を合わせ、連携が生まれ、現在まで長い付き合いになったので人間関係も深まりました。その皆が元気で仕事を続けられているのは、変わらない良さです。
 一方、そろそろ変わらなければならない。
 食支援は地域のケアの核になり得る取り組みで、そのためには街ごと変える必要があり、それには作戦が必要だったので、2009年に新食研を立ち上げました。
 新宿の良さは、医療、看護、介護など各職域の組織がしっかりしていたこと。新食研を始めるすこし前、各職域の縦ラインを見たら既に人間関係がある面々がそれぞれの縦ラインでリーダー的存在になっていました。このメンバーが『食』という切り口で集まれば地域最強の“横ライン”になると気がつき、新食研を組織したのです。
 スタートから6年を経て、そろそろ街を変える動きに転じます。今までしてきたことを変えるというより、広げるということになりますが、いよいよそのとき。機は熟していると見ています」(五島先生)。

 どのように広げ、変えるかのお話の前に、新食研のこれまでの活動を紹介しましょう。
 五島先生が訪問診療を開始してしばらくのことは、ご著作「愛は自転車に乗って 歯医者とスルメと情熱と」に詳しく書かれています。五島先生曰く「地域で、歯科医師ができることのすべてを書いた」という同書は、小説スタイルになっています。
 実は、歯科医師がというより、人(主人公)が関わる人々(患者や患者家族、介護職)とどのように向き合い、五感を震えさせて生きているか、という点に読み応えがある物語なので、医療・福祉に限らずあらゆる仕事に携わる人、また、仕事をしていない人でも、人との関わりの中で生きている人……つまりすべての人に、自身の生き方の「振り返り」に使える物語です。
 とはいえ地域において訪問歯科診療でどのようなことが求められ、応えられるかも詳しく描かれている書で、口から食べることができなくなってしまった人がケアを受け、改めて「口から食べる」ことによって、その人と家族の生活や、人生が変わり出すことが分かります。
 しかし五島先生は小説に描いた時期を振り返り、次のような気持ちで新食研を立ち上げたと話します。

「訪問診療をやる中で感じたのは歯科ができることの限界でした。自分の仕事はきっちりやる。口から食べるという、生活上とても大切な行為を取り戻していただき、喜ばれる。それは僕の大切な仕事で、今も変わりません。けれども、歯科医師にできることは機能障害に対するケアで、それだけでは『足りない』と感じたのでした。
 ある日、『治してきたのは障害だけだった』と思ったら、機能を向上させた後、患者さんやご家族の生活を変える専門性をもった誰かとつながなければいけないと気がついてしまった。
 例えば、訪問歯科で診察する食べる機能が低下している人には既に低栄養などの問題が起きていることが多いです。管理栄養士が食形態についてカウンセリングし、ご家族の介護力に合わせてどんな調理法があるか伝え、継続的にケアをするようなこと。食べる姿勢や福祉用具の専門家が、食べる機能の維持・向上を支えること。そういうことがないと、体力は戻らないし、生活は変わらない。生涯、食べ続けることも難しい。
 そこで新宿を各職種の、専門性の限界を超えた食支援ができる地域にし、いずれ街を変えると決めたのです」(五島先生)。

 新食研のウェブサイトには設立意図や活動の詳細が掲載されているのでここでは割愛しますが、立ち上げの趣旨として「口から食べるための労を惜しむべきではない。社会として受け止める問題。新宿から日本の食介護を変える」と表明しています。