ルポ・いのちの糧となる「食事」
食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。
- プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)
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出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。
第51回 治療となる食事を追求
NSTとリンクした病院食「藤田食」(前編)
はじめに
藤田保健衛生大学病院(愛知県豊明市)では6月21日より入院病棟全床に提供する食事を一新しました。ベッド数が約1500床、食事提供数が1日約3000食にのぼる同院で、これまで以上に「治療となる食事の提供」を実現するため、丸3年以上の月日をかけて開発された「藤田食」は現代の知識と技術の粋を反映させた病院食です。
今回は開発の背景にある栄養管理について、お考えを同院の食養部長も務める東口髙志先生(医学部外科緩和医療学講座教授)にうかがいました。
効果的な医療の基盤
生きるを支える栄養
一般的に、病院で栄養の大切さが重視されるようになり、栄養管理が進むことで、出される食事も改良され「昔よりずっとおいしくなった」などと、イメージは改善していると思われます。
それはひとえに「病院こそが栄養障害のモト(入院すると痩せる)」などとは言わせないとの決意で、栄養管理の医学的・経済的効果を訴え続け、NST(栄養サポートチーム)を広めるなどしてきた東口先生ほか栄養ケアに携わる全国の医療者の尽力によるものです。
しかしそれでも「なお一層、個々に適した献立の『治療となる食事』提供をめざし、残さず食べてもらうために、さまざまな知識と技術を駆使し、改善していく必要があり、『藤田食』開発もその一端であった」と東口先生は話します。
「急性栄養不良を防ぐことは治療のベースです。とくに高齢の患者さんの場合、病気になる前の栄養状態がわるく、慢性栄養不良の上に急性栄養不良が重なる場合も少なくありません。体格指数の国際基準BMI(Body Mass Index)で言えば18.5以下であるなど、効果的な医療を受ける基礎体力がないと言っても過言ではありません。そのような状態で、急性期にたんぱく質が3割減少すると命に関わるというデータもあります。
つまり栄養管理は医療の外(病気になる前と、退院後)と入院中、継続したケアが必要だということですが、入院中においては患者さん個々の栄養管理と提供する食事をリンクさせること、そして完食してもらえるようとことん“おいしさ”も追求することが、患者さんの早期回復・退院のために不可欠になります」(東口先生)。
過日、第3回日本在宅栄養管理学会学術集会のランチョンセミナーに登壇した東口先生は、がんの終末期を例に栄養ケアの重要性を以下のように述べていました。緩和ケアの意義と共に語られ、緩和ケアについてのお話も栄養ケアと関わるものなので、併せてご紹介します。
「がんの終末期において緩和ケアが重要なのは がんが発する炎症性サイトカインと余命はあまり相関しないが、倦怠感、痛み、吐き気、エネルギー代謝などの症状と余命は相関するというデータからも明らかです。つまり、症状を緩和するケアは、病気と共に生きる人のQOLを高めると同時に、治療の可能性を広げるということです。
そこで、藤田保健衛生大学病院には患者さんのあらゆる訴えを受け付ける病棟コンシェルジュ制度を設けています。コンシェルジュの仕事は、院内を『患者さんが居心地がよい場所にする』こと。どんな些細なこともお伝えくださいと示すことで、安心していただいていて、実際にナースコールの回数も激減しました。
また訴えを待たず、居心地よい場所にする工夫を探し、改善しています。
例えば壁にかける絵画の選択と、位置の工夫もその1つ。宗教的題材の絵画の一部には、患者さんの心理に影響する作品もありますから、絵画について勉強し、眺めることで癒される絵画を選んでいます。作品をかける位置はストレッチャーや車椅子で移動する方の視線が自然にいくよう、床から140cm程度の高さに設定。小柄な女性は違和感を感じないかもしれませんが、大抵の男性はちょっと低くて、不思議に思うかもしれない程度の差です。
微妙な差ですし、患者さんに首を反らして見なくても見えることをわざわざ伝えたりはしませんが、一事が万事、もっともケアを必要とする患者さん目線で整えることが『患者さんが居心地がよい場所』づくりで、それはすべての人の居心地よさにつながります。
僕らは、患者さんが病気と共にあるときも『いきいきと生きる』を支えるためにいろいろなものを用意しなければならないと考えていますが、さらに、『幸せに逝く』はより難しい課題だと捉えていて、それを叶えるにはどんな医療と出会うか、とくにどのような栄養ケアを受けるかによるところは大きいと見ています。
がんに限ったことではなく、あらゆる疾患に通じることとして、やがて命の終わりがくるとしても、その前はなるべく自立した日常生活が営めることが幸せです。
栄養ケアを受け、食事がとれることは、その根本にある。なぜなら栄養失調が起こると自分で排泄ができない、食事がとれない、咳がとまらないなど『自分のことができなくなる』ため、患者さんの生きる希望が失われてしまうから。データを見ていても、栄養失調を示すある値を切ると、ポキッと音が聞こえる気がします。それは『患者さんの心が折れる音』です。
命ある限り自立した日常生活を守り、失望の時間はできるだけ短く。『いきいきと生き、幸せに逝く』を支えるために。緩和ケアの中で栄養管理を行なう意義はそこにあります。
当院の緩和ケア病棟には、余命を知らされたがんの終末期の患者さんが多く入院されますが、NSTのケアによって食事がとれるようになることで栄養状態が改善し、家に帰り、自立した日常生活を取り戻す人が3割を超えています。
いずれがんで亡くなるとしても、感染症で苦しい思いをしたり、自分のことがまったくできなくなるほどの虚弱に陥ることがなく、寿命を全うすることができるのが幸せです。本来、人の幸せに寄与する医療の基盤には『栄養管理』がなくてはなりません」(東口先生、2015.6.7)。
お話は主にがんの終末期を例にしたものでしたが、同院のすべての患者を対象とする栄養管理(NSTによるケア)、緩和ケアの根幹に貫かれ、「藤田食」開発の礎となったお考えです。
新しく提供されることになった「藤田食」は、NSTが個々の患者の栄養状態に適した献立を決定する作業を補完するIT技術「NST支援システム(Kokuran NST:グリーム社)」を導入した上、栄養と安全性、おいしさを高める調理体制も刷新したもの。次回、6月19日に開催された完成披露試食会の模様も含め、詳細をお伝えします。
なお、藤田食は第16回アジア静脈経腸栄養学会学術大会(PENSA2015:7月24~26日、名古屋国際会議場)でも25日に2度のバスツアーが企画されていて、大会参加者に披露されます(参加には事前申し込みが必要)。