ルポ・いのちの糧となる「食事」
食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。
- プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)
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出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。
第45回 始動、みんなの健康サロン「海凪」(みなぎ)
地域の暮らしを支える場をつくる(1)
はじめに
3月まで市立輪島病院で主任看護師をしていた中村悦子さんが一般社団法人みんなの健康サロン「海凪」を設立し、4月12日、輪島市宅田町のファミィ内に「みんなの保健室わじま」を開きました。ファミィは地元商店街が集まって設立したショッピングセンターで、地元に愛されて32周年を迎え、近隣の人が日常の買い物に来る場所。輪島病院とも近い施設です。
中村さんはこの場を、高齢過疎が進む地域で、健康や介護、生活上の困りごとを気軽に相談できるケアラーズカフェ、「キャンナス[*]わじま」の事務局、地域栄養アセスメントの拠点を兼ねた場にしていく予定で、取り組みに至る経緯とお考え、今後の展望をうかがってきました。大変興味深いお話でしたので、3回分載でご紹介します。
“やりたい看護”実現には
「地域の専門職集う場」必要
金沢医科大学附属病院での勤務も合わせると34年間の臨床看護師勤務にピリオドを打ち、生まれ育った地域・輪島に新たな活動拠点をつくった中村さん。輪島病院では、訪問看護やNST(栄養サポートチーム)事業を立ち上げた際の専従スタッフとして働き、新しい医療・看護の体制づくりを牽引する1人としてキャリアを積んできました。
日々の業務に携わる中、在宅医療と出会い、地域にいる医療・看護・介護専門職(離職中の人も含め)が連携して能力を発揮すれば、病院には行きたくないという患者はもとより、医療依存度の高い患者も「住み慣れた環境で気楽に療養し、穏やかな最期を迎えることができる」と確信すると共に、「もっと地域と深く関わる必要性を感じて、いずれ『場』をつくる構想が生まれた」と話します。
「訪問看護師は患者さんや家族と点の関わりで、多くの情報は、家族以外ではヘルパーさんが持っていて、それが共有できないもどかしさを感じていました。例えば、脳卒中等の地域連携パスに『書いて』と言っても、なかなか書ききれるものではないのです。
また、同じ病院内の看護師間でも病棟担当と訪問看護担当がサマリーで十分な情報交換をするのは難しい。そして誰もが院外の専門職と交流し、情報交換する機会も得にくい。
地域の医療・看護・介護専門職が共に必要なことを学び、情報交換して、互いを理解し、相談し合う人間関係もつくっていける場が、気軽に立ち寄り、お茶飲みながら喋れる場があったらいいな、と考えるようになりました。地域の看護・介護を必要としている人について、周囲の専門職が着眼点とキーワードを共有する場です。
さらに、訪問看護をする、しないに関わらず、病院の医療・介護に携わる人が患者さんの地域や暮らし方を知ることは大切です。例えば病棟の看護師も入院している患者さんの退院後の生活をイメージしてケアするには、入院前の生活を見知らないと。一般的な問診だけでは分からないところが重要だったりします。
どの地域でも特徴があり、患者さんすべてに独自の暮らし方があるでしょう。とくに海あり山あり、高齢化が進む奥能登で、地域の特徴(漁師町にはオフシーズン・リタイヤ後も過食の傾向があって糖尿病が多い、など)や生活環境(車が入れない山の中に家がある、など)は生活課題としてその患者さんのキーポイントになるのです。実際に、病棟の看護師が地域に出るのが難しかったら、どこか、患者さんの地域情報や暮らしについて、相談する場があったらいいと思いました」。
中村さんはそうした想いから輪島病院在職中(2013年~)から年数回「ケア・カフェわじま」「ケア・バルわじま」を開催。ケア・カフェは北海道旭川発祥の「医療者・介護者・福祉者の自発的な集い」で、「相互扶助の精神に則り、顔の見える関係づくりと日頃のケアの相談場所の提供」を目的に一定基準で、全国各地で開催されています。地域内の専門職が集う場となることを願い、中村さんが主催した会には近隣市町や県外からも人が集まりました。
また、地域の歯科開業医と連携して「かかりつけ歯科医療」と協働で入院患者に継続的な口腔ケアを実施したほか、地域の管理栄養士と連携して「輪島食形態マップ」を作成するなど、病院と地域連携の仕組みをつくりました。
とはいえ、善し悪しは関係なく公務員として勤めながらできることには限りがあり、退職して場をもつことを考えるようになったわけですが、つまりその当初は医療・福祉関係の専門職が集う場&キャンナス発会を考えていたわけです。
「訪問看護師として在宅医療に関わる中で、勤務体制や介護保険サービスの仕組みでは入れない『ケアのニーズ』が少なくないことを感じていました。そんな折、菅原由美代表のキャンナスの存在を知って感銘を受け、『いつか輪島でキャンナスを立ち上げる』は自分の目標としてもっていたのです。
私自身、退職後は違うフィールドで看護の仕事をしたいと考えていましたし、地域には結婚や出産をきっかけに医療現場から離れたものの、できる範囲で経験や資格を活かし、役に立ちたいと考えている潜在マンパワーがあると思っていました」。
専門職が集う場づくりを構想し、退職を決意した後、中村さんは自分自身が「やりたい看護」を今一度、見直したといいます。「専門職が集う場」「キャンナス」…それが、本当に自分がやりたいことのすべてか、と。
「なにも専門職に限ることはないではないかという心の声が聞こえました。健康に不安がある人も、介護をしているご家族も、元気なお年寄りも、新米ママも、医療・看護・介護の専門職も。皆に扉を開いておき、集まった人が気軽に相談したり、されたりする場のほうがいいんじゃない、3人寄れば文殊の智慧よって。
誰でも、誰かの相談にのり、喜ばれれば元気が出て、明日も頑張れる。外に出て、人に会うのが楽しくなる。出向いてケアすることを求められたら、キャンナスが担えばいい。病院の外につくる場ならば、制限がないほうがいいのじゃないかと。
買い物のついでに立ち寄るカフェでお茶したり、世間話する中に、『安心』を支える基盤があったらステキ。そこからは妄想がどんどん膨らんで、いろいろ自分がやりたいことに気がついてしまいました(笑)。
すぐにも『退職するなら“やりたい看護”をやろう』と決めて、輪島病院での口腔ケアワークのパートナーであった歯科開業医の廣江雄幸先生(広江歯科医院院長)に相談し、二つ返事で快諾をいただいて、共に一般社団法人として事業化することにしたのです」。
中村さんの“やりたい看護”とは、「しっかり食べて、すっきり出して、ラクに呼吸して、ぐっすり眠れ、辛いときに(側に居なくても)相談できる誰かとつながっている」を支えるもの。「いろいろ自分がやりたいことに気がついた」中の、いちばんのテーマは「地域栄養ケアの拠点となる」でした。
次回も引き続き、中村悦子さんのお考えや展望について取材した記事を掲載します。
[*]^ キャンナス 特定非営利活動法人全国訪問ボランティアナースの会 キャンナス(CANNUS)神奈川県藤沢市に本部を置く。全国に74の支部があり、北陸では富山県に2か所、福井県に1か所あり、石川県では「キャンナスわじま」が初の発会。医療・介護・福祉のサービス適用外のケアニーズ(相談受付<無料>、家族の負担軽減・支援、体調チェック、外出・外泊支援、終末期の看護・看取り支援など)に応える有償ボランティアを行なう。
- プロフィール
- ●中村悦子(なかむらえつこ) みんなの健康サロン「海凪」代表、みんなの保健室室長、キャンナスわじま事務局長。看護師、公益財団法人さわやか福祉財団さわやかインストラクター。輪島市出身・在住。金沢医科大学附属病院を経て、市立輪島病院に勤務。1998年、同病院で訪問看護事業の立ち上げに参加し、2004年NST稼働時よりメンバーとなり、2010年「栄養サポート室」専従となる。2015年3月、同院を退職して、現職。