ルポ・いのちの糧となる「食事」
食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。
- プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)
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出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。
第44回 農水省が市場・事業者育成を始動
「新しい介護食品(スマイルケア食)」(後編)
はじめに
前回に引き続き、「新しい介護食品(スマイルケア食)」について農林水産省食料産業局食品製造卸売課にうかがったお話と、「スマイルケア食」がどのように活用されることが望ましいか、東口髙志先生(藤田保健衛生大学医学部外科・緩和医療学講座教授)にうかがったお話を併せて紹介します。
食の悩みとケアをつなぐ新ツール
シンプルな早見表の普及に期待
前回ご紹介した通り、介護食品の市場は予測される潜在ニーズと比べて小さく、それを必要とする人に認知されておらず、普及していません。そして一方、高齢者に「食べることに何らかの問題をもっている人」は増えています。東口先生によれば、それは、
- ・「痩せるリスク」「栄養の大切さ」が知られていない
- ・加齢と共に「噛む・飲み込む」といった食機能にトラブルが起こるほか、食生活を維持する総合力『食力(しょくりき)[*]』が低下するケースが多いことが理解(自覚)されていない
- ・一般生活者に、『食力』が低下したとき(食事に関する悩みがあるとき)に誰かに相談するという意識が乏しい
- ・一般生活者に、『食力』が低下したときに栄養確保をする食べ方、商品があることが知られていない
- ・数ある介護食品の中で、何を選んで食べればいいか、どこで入手できるかわかりにくい
- ・個々の『食力』に合わせて、ケアする体制が整っていない地域も少なくない
など、複合的な原因があるとされています。
そこで、低栄養の予防といったことにも役立つ1つのツールとして、「新しい介護食品(スマイルケア食)」がこれを必要とする人にとって入手しやすくするために、「介護食品のあり方に関する検討会議(2013年10月~2015年3月)」で作成されたのが、自身に合った食品を選ぶための早見表「新しい介護食品(スマイルケア食)の選び方」です。
この早見表はなるべく一般の人にもわかりやすいように、シンプルなチャート式になっていて、たどり着いた分類(「青D」や「黄A」など)が、事業者(食品メーカーや販売に携わる業者)と医療・介護に携わる人、一般生活者の「共通言語になるように」という趣旨でつくられました。
スタートは「食事に関する悩みがある」となっています。
次に「飲み込みに問題がある」かが問われます。「はい」と答える人は、専門家(医師、歯科医師、管理栄養士等)に相談した上で、商品を選択する必要があり、それが明記されています。
一方、「いいえ」と答えた人は「噛むことに問題がある」かが問われます。ここで「はい」を選択した人は、噛むことが難しい人向けの3つの分類のうちのいずれかの食品(黄Aまたは黄Bまたは黄C)が示されます。やわらかい食事において、3分類に分けて、安定した製造・流通ができるのは日本人の食のこだわりと、食品メーカーの技術力の高さがなせる技で、他国に類がなく、介護食品の輸出拡大が期待されます。
さらに「噛むことに問題がある」が「いいえ」の人については、「最近食べる量が少なくなった、または、体重が減った」につながって、管理栄養士などの専門家に相談する必要があることが明記されています。
青Dについては、例えばドラッグストアなどの店舗に勤務している薬剤師や管理栄養士などが利用者に対する相談に対応し、栄養の重要性を意識づけることが期待されます。また、地域ではケアマネジャーやヘルパーに対し、「スマイルケア食」の認知度が高まり、低栄養予防ツールとして活用されることも期待されます。
「早見表の存在が広く知られ、『食事に関して悩みがある=誰かに相談し、サポートを受けるべき問題』という認識が広まると共に、医師・歯科医師・介護関係者の間でも、『相談』に対応できるような環境整備が充実すれば、必要な人に必要な食品が届き、低栄養の予防や改善につなげていける好循環をつくっていけるのではないでしょうか」(農林水産省食料産業局食品製造卸売課)。
過日、がん治療の過程での栄養管理についてうかがった折、東口髙志先生は次のように話してくださいました。
「栄養はすべての人に等しく最も大切なもので、『栄養が不足する』『栄養管理を受けることができない』状態は、人として最悪な状態です。がんに限らず、『医療の基盤には栄養管理があるべき』と言っても過言ではありません。
それを前提にがんを例に言えば、著しい体重低下を起こす悪液質の主たる症状は『筋肉や脂肪の減少』で、免疫力低下や内分泌異常など全身衰弱につながります。加えて治療・薬の副作用などの影響で栄養悪化・体重低下の負の連鎖が起こると、生命の危機に及ぶ場合もあるので、迷わず主治医やNST(栄養サポートチーム)に相談するべきです。
さらに、状態改善の自助努力も必要です。薬局で「食べられない」「痩せてきた」などと薬剤師や管理栄養士などに相談すればアドバイスをしてもらえます。また、噛むことに問題があるように感じたら歯科医師に、それ以外の原因で思うように食べられない、あるいは体重が減ってきたならば医師に相談していただきたい。
適切な栄養アセスメントを受け、自分に不足する栄養素などが『何か』を把握し、バランスのよい食生活を行いながら、『経口栄養の維持』を心がけて栄養を保つことが、病気と共に生きる体力維持に不可欠です」。
今後、農水省では早見表で示した食形態を表すマークを付けたいという事業者向けに詳細な基準値等について検討が行なわれる予定です。規格を明確にするのは、外部から介護食品の製造に新規参入する事業者にとっても有効です。この基準値等が示されるまでの間は、暫定ルールに従って、マークの使用が可能とのことです。
売場では、POPなどでスマイルケア食のコーナーが設置されることが期待されており、事業者向けガイドラインも2015年3月に作成されています。
さらに今年度の予算では、「介護食品の認知度向上推進事業」「地場産介護食品等の商品開発・普及支援事業」を実施していて、骨子は以下の通りです。これらの進展については、今後も本連載で取材し、ご紹介したいと考えています(取材時は年度予算成立前)。
●介護食品の認知度向上推進事業- ・高齢者の低栄養に関する問題や、新しい介護食品の愛称「スマイルケア食」のプロモーション、その選び方などについて、広く国民に普及させるため、学識経験者等によるシンポジウムや講演会を開催。全国で6回程度の開催を企画・準備中
- ・インターネット上の通信販売のサイトとリンクし、「スマイルケア食」を知り、選べるコンテンツを作成
- ・地域の農産物等を活用した介護食品を、食品製造業者や介護関係者等が連携して開発
- ・開発した食品等を地域の公共施設や介護施設、店舗等で提供・普及するシステムづくりの実施
次回は、石川県輪島市に誕生した「一般社団法人みんなの健康サロン 海凪」の代表理事・中村悦子さんのインタビュー記事を掲載予定です。
[*]^ 食力(しょくりき)について、詳細は前回を参考にしてください。