ルポ・いのちの糧となる「食事」
食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。
- プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)
-
出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。
第40回 回復を支える栄養管理の中で生まれた
嚥下食を豊かにするソース(後編)
はじめに
前回より、医療法人社団保健会 東京湾岸リハビリテーション病院栄養科主任・管理栄養士の中込弘美さんにうかがったお話を紹介しています。
2010年に同院院長・近藤国嗣先生監修、同栄養科編集のレシピ本「嚥下食をおいしくする101のソース」(中山書店)が刊行され、栄養療法の関係者や摂食嚥下ケアに関わる医療・介護者から注目されてきました。
今回は、本書を生んだ柔軟で、合理的・現実的な発想力の源と思われる、同院の栄養療法・栄養管理体制についてうかがった内容を紹介します。
風通しよい院内で活躍する
NSTならぬ『NSP』
新しい患者が入院し、お昼ご飯の時間になると、中込さんはじめ栄養科のメンバーはそれぞれ担当の病棟に足を運び、食事の様子を見て回るそうです。
脳卒中の患者であれば、昨年4月から千葉県共用脳卒中地域医療連携パスに追加された「栄養シート」の情報をもとに、患者に適した昼食が提供されていますし、脳卒中以外であれば転院前の医療機関から申し送りされた内容の食事が出ています。しかし、実際に患者の元に足を運び、患者が食事をとる様子を診て、情報を確認することを大切にしています。
また、そのような機会には、同様に病棟を回って患者の摂食状態を診ている言語聴覚士と言葉を交わすこともしばしばだと話します。
「職種の垣根なく、患者さんの症状やリハビリテーションについて声がけし合うことができている職場だと思っています。
それぞれ専門が違い、診ているポイントが違いますから、栄養科として患者さんの様子を診て、感じたことは、ドクターや他のコメディカルスタッフに相談し、フィードバックをいただいて、対処します。
とくに栄養管理が必要な患者さんについては、当院独自の取り組みとして栄養管理だけじゃない『NSP』という組織で介入する体制なので、より密に連携しています」。
本連載では度々、急性期病院で患者の栄養管理を担う栄養サポートチーム(NST:Nutrition Support Team)について触れてきましたが、同院の場合は「NSP」という組織をもって対応しているとのこと。
聞けばNSPは、Nutrition[栄養]・Swallowing[嚥下]・Pressure ulcer[褥瘡]をケアする医師・病棟看護師・管理栄養士・臨床検査技師・薬剤師・言語聴覚士・理学療法士・作業療法士・ケアスタッフのチームだそうです。栄養科や言語聴覚士は入院時の摂食状態を診て、担当医を中心にNSPとして介入する必要があるか、否かを評価する際から関わります。
同院の近藤院長が、Nutrition[栄養]・Swallowing[嚥下]・Pressure ulcer[褥瘡]の問題は、寝たきり(不活性)を伴って連鎖することが多いため、それぞれのケアチームを設けるのでなく、横のつながりができる1つのチーム編成であるべきとして、組織したものだということです。
このチームでの多職種連携により、NSPとして介入しない患者についての情報共有や意見交換もしやすい土壌があると中込さんは話します。
「今考えていることは、この土壌をより有効に活かすためには、他の職種の専門知識についても勉強が必要だということです。
質の高いリハビリテーションが提供されているので、それを栄養科として下支えするには、栄養士が、リハビリテーションについて学ばなければならないと思っています。患者さんがどのようなリハビリテーションに取り組んでいるか、強度はどうか、それが食欲・摂食状態とどう関わるか、勉強しなくてはと。
そして、リハビリテーションを担当する職種の方々にも栄養やカロリー消費、患者さんの食事のリズム、訓練での疲労と食欲の関係などについても知ってもらい、話し合えたら理想的です。
患者さんの健康のベースとして栄養が大事だというのは皆、共感があると思うので、もう一段深く知り合って、ケアに反映させたいですね。
NSPが介入している、いないに関わらず、患者さんの状態は日々変化していきます。
NSPで食べるためのケアを行なっていても、食べられなくて痩せてしまう患者さんもいれば、NSPが介入するまでもなく、リハビリテーションも好調に進んでいるのに、栄養が追いつかなくて痩せてしまう患者さんもいます。
『リハビリテーション直後は疲れて食が進まない患者さんがいたら、リハビリテーションの時間と食事の質・時間配分に配慮する』など、個々の事例に適応するケアをめざすことが求められていると感じています」。
一方、摂食嚥下障害の評価とケアについては、次の言葉が印象的でした。
「摂食嚥下ケアに関わる方は皆さん感じているのではないかと思いますが、『造影検査だけでは分からない』ということ、常々感じ、配慮するように心がけています。
機能的には難しいはずなのに、意欲があって食べられることもあれば、逆のケースもあります。食べたい物は、食べられるという微笑ましいケースもありますが、医療的にその判断は難しい。けれど、なんとかしっかり召し上がっていただけるように、患者さん一人ひとりに寄り添う努力を続けます」。
また、栄養療法の上では患者が移動する範囲の地域での「栄養管理の連携」を重視し、県で始まった千葉県共用地域医療連携シートの活用を中心に、患者が入退院する際にはどこへ移動しても同じ栄養管理を安心して受けることができるように努めたいと話します。
「患者さんが安心して食べ続けられるしくみが整ってきたのだと思います。素晴らしいことですよね。医療機関や高齢者を受け入れる施設によって、嚥下食のレベルと食事形態や物性を表現する言葉は必ずしも統一されておらず、以前は申し送りがあっても、示しているレベル(食事形態・物性)が同じかどうか、曖昧でした。しかし嚥下ピラミッドを介してやりとりするシートができたので、情報共有がしやすくなりました。
そして私たちは連携の会を通じて、地域の医療・介護者と交流できることもありがたいと思っています」。
こうした地域単位の取り組みは、千葉県以外でも普及しつつあります。健康のベースとして、栄養管理、低栄養予防の取り組みが改めて見直されているのは、「栄養状態がよければ病んでも短く、医療費がかからない」というシビアな事情からでも朗報です。
とはいえ誤解を招かないために加筆しておかなければならないのは、現在、すべての回復期病院(病棟)で同様の栄養管理が受けられるわけではないということです。
現状、診療報酬で栄養サポートチームの加算があるのは急性期病院だけです。回復期病院でも多職種連携での栄養管理が普及するのが望ましいのではないかと考えますが、現状は栄養サポートチームとして診療報酬はとれず、行なう・行なわないは経営判断に任されています。
昨年2月に開催された回復期リハビリテーション病棟協会の「第23回研究大会」のあるプログラムでは、「管理栄養士が専従となっている回復期病院(病棟)は5病棟に1つ。急性期病院では栄養サポートチームが普及しているが、回復期病院(病棟)ではまだ(少ない)」という発表もありました。
管理栄養士が配置されていても、「栄養管理の担当が一般病棟・療養病棟と兼務している」、または「NST専従として一般病棟・療養病棟・回復期病棟を回っている」「栄養管理の担当が食事提供の管理を含めた他の業務を兼務している」「栄養管理ではなく献立管理のために病棟を訪問しているだけ」という病院がまだ多く、回復期病棟での栄養管理・サポートは十分に実践されていない現状が語られていました。
現在は急性期病院が多く、回復期病院(病棟)が数自体少ないということもありますが、今後、回復期・長期療養型の病院が増えるなら、それぞれの病院機能に適した栄養管理・サポートが設計されることが期待され、先駆的事例が参考にされ、普及することが望まれるでしょう。
次回は、在宅介護をしている家族の食事づくりや食事介助における悩みに応える「ゆにしあ」(山形市)の活動をご紹介します。