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ルポ・いのちの糧となる「食事」

下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。

プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。

第32回 栄養療法・緩和医療普及の礎を担う
藤田保健衛生大学医学部外科・緩和医療学講座教授 東口髙志先生インタビュー Vol.2

はじめに

 前回より、東口髙志先生のインタビューを掲載しています。
 前回は、東口先生が先駆的にNSTを立ち上げるなど、さまざまな取り組みを行ってこられた根底にある「栄養」についてのお考えをうかがいました。
「人の幸せに寄与する医療の基盤には『栄養管理』があるべき」。
 栄養は、限りある生命を形どるもので、人が幸せであるためのエネルギーだとして尊び、信念を貫く東口先生。
「誰もがいきいきと生き、幸せに天寿を全うされるよう、そのサポートのため。そして国の医療・介護制度、その財政が維持継続されるよう、適切、公平な医療が普及するため」として東奔西走する中、貴重なお時間を取材に割いていただいたことを、心より感謝しています。

地域で『食力』支える時代
医療の壁・国境越える「東口髙志の仕事」

 東口先生がライフワークとして取り組むことに「食べて治す、食べて癒すプロジェクト」があります。プロジェクトといっても限定的なものではなく、臨床に携わる病院、教授を務める講座はもとより、国内学会や、国境を越えた学会連携でも「食べて治す、癒す」ことなら、あらゆることを試みる、全体を指します。
 例えば介護食の開発や、医療・介護に関わる人の教育・支援、介護福祉関連の制度づくりへの協力など、東口先生にとっては「食を含め、栄養に関して社会貢献できることすべて」が、「食べて治す、食べて癒すプロジェクト」。このプロジェクトを進める中で、東口先生は『食力(しょくりき)』という言葉を使っています。世界中のあらゆる人に等しく、最も大切な「栄養」を守るため、なくてはならないという『食力』とは何でしょう。

「『食力』とは、“食べる”のために必要な総合力のことです。食という行為は、それによって単に栄養素が供給されればいいという話ではありません。
 食欲があって、口腔環境が良好で、摂食嚥下機能が良好で、消化もよい(下痢や便秘もない)などの生理的な面だけでなく、近隣に食料や食材を調達できる場所があり、自身で買い物に行ける力があるか、また料理も不自由なくできるか、それが無理ならば誰かに届けてもらえる環境にあるかなどを含めた良好な食事環境を有しており、さらに、心も穏やかで、すこやか…など、実にさまざまな付帯条件を必要とします。
 つまり栄養管理は、単に過不足なく栄養素が供給されている・いないを診ているだけではいけないということ。そして高齢化のスピードが速い日本では、医療や介護に携わる人だけでは高齢者を見守りきれない時代が近づいています。超高齢社会を迎え、地域で『食力』をケアする必要性が高まっています。
 それをしなければ人は簡単に死んでしまいます。高齢化率が高く、限界集落などといわれる地域では、独居老人や老老介護世帯が増え、地域にサポートする人手も足りず、既に『低栄養の増加』といった形で、問題が顕在化してきています。日本だけでなく、諸外国でも同じ問題を抱えている国は少なくありません」。

 東口先生は分かりやすい目安としてBMI[]を上げ、
「BMIの基準は普通体重が18.5以上25未満、18.5未満は低体重です。ただし医学的にみればご高齢で18.5未満の方は余力が少なく、生き抜く力が低下した状態であり、効果的な医療を受ける基礎体力がないと言っても過言ではありません。日本の高齢者、とくに入院してくる患者さんには18.5未満の人が本当に多くみられます」と警鐘を鳴らし、この現状を変えるには、高齢者の(日常生活での)食力アップが不可欠で、「市民活動がより重要になっていく」と話します。

「医療者でなくても高齢者の生活を見守ることはできますからね。下平さんも『隣のおばあさん、食力ダウンしていないかしら』と気遣い、もしそうだとしたら当然のように歯医者さんやお医者さんなどに受診してはどうですか? と勧めたり、あるいは、多少知識が必要ですが、もう一歩踏み込んで、このようなものをお食べになられた方がよいですよ、などとこのおばあさんを必要な医療やケアへとつなぐ役割を担うことが可能です。
 これを各地域医療の現場で実践したら…どう思いますか。僕は、そうしたことが実現できるかどうかで、未来の社会の幸福度は変わるのではないかと思っています。
 僕ら栄養療法や緩和医療に携わる者たち、そしてそれらが集う学会は、医療や介護に携わるすべての人たちに対して栄養や療養中のQOL向上についてより深く理解してもらえるように、卒後教育等の場所や機会を多くつくっていきます。そして同時に、地域医療を担う人たちや市民活動をする人たちの下支えをするとともに、そのような皆さんを守るために、国や各行政機関へのはたらきかけや、制度、ツールづくりのお手伝いをしていきます。
 また臨床、研究を進めることによって『社会的に理解を得るためのエビデンス』を増やし、どこで誰が施しても同じ結果が出せる栄養療法、緩和医療のノウハウを発信し続けたいですね。
 例えば終末期、誰かが側に居てくれるだけでも人は癒されます。それは気持ちの問題だけではなくて、寄り添う人が居ることによって代謝に変化が現れ、筋肉の緊張が緩むなどプラスの連鎖が起こるため。こうしたことを人は感覚的に知っていますが、社会の理解と仕組みづくりのためにエビデンスが必要になり、そこに学問としての意義があります」。

 なお、東口先生が制定に関わった新しい介護食品「スマイルケア食」は、従来の介護食品に栄養強化のジャンル「介護予防のための食品」を加えたもので、地域医療・介護を受ける人、支える人が使えるツールの一つとなるものです。農林水産省が取り組むこの施策については、後日、農林水産省への取材等を行なった上、東口先生のお話と共に再掲したいと考えています。

 教育と臨床、研究すべてに携わる自身の役割として、「多くの人が活用できる専門性の高い医療技術」を国の内外へ普及させることを担い続ける東口先生。

「そういう立場に置かれていると思うので、それを一生懸命やらせてもらっている。世界中に仲間がいますから、仲間と共に『いきいきと生き、幸せに逝く』を支える医療を広めていけます」。

 お話をうかがい、病気ではなく、人を診る医療は携わる人の情熱やホスピタリティに支えられていることを改めて感じました。
 そして自分も地域社会の1員としてできることをしたいです。まず自分自身が、周囲の人に愛あるおせっかいを発揮できる体力とすこやかさを維持しなくては。そして家族、友人、町内、職域の人たちの「その人らしい暮らし方」を見守っていたいと思います。

 次回も引き続き東口髙志先生のインタビュー続編を掲載します。

[*]^ BMI(Body Mass Index)

 BMI=  体重 
      身長2
 例えば、体重57kg、身長158cm (1.58m)の人の場合、
 BMI=  57  = 22.8
      1.582

プロフィール
●東口髙志(ひがしぐちたかし) 藤田保健衛生大学医学部外科・緩和医療学講座教授。日本静脈経腸栄養学会理事長、アジア静脈経腸栄養学会理事長、日本緩和医療学会理事、日本栄養療法推進協議会理事、日本外科代謝栄養学会評議員、日本外科学会代議員、日本死の臨床研究会世話人ほか。1981年三重大学医学部卒業、三重大学医学部第1外科入局、1987年三重大学大学院医学研究科修了、医学博士取得。1990年米国シンシナティ大学医学部外科勤務、1994年三重大学医学部第1外科講師、1996年鈴鹿中央総合病院外科医長、2000年尾鷲総合病院外科・手術室部長、2003年尾鷲総合病院副院長・外科部長。同2003年より現職。代謝・栄養学を駆使した精神(こころ)にも身体(からだ)にも優しい緩和ケアの普及に取り組み、後進の育成、国境を越えた医療連携の推進等にも尽力。