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ルポ・いのちの糧となる「食事」

下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

食べること、好きですか? 食いしん坊な私は、食べることが辛く、苦しい場合があるなんて考えたことがありませんでした。けれどそれは自分や身近な人が病気になったり、老い衰えたりしたとき、誰にも、ふいに起こり得ることでした。そこで「介護食」と「終末期の食事」にまつわる取り組みをルポすることにしました。

プロフィール下平貴子(出版プロデューサー・ライター)

出版社勤務を経て、1994年より公衆衛生並びに健康・美容分野の書籍、雑誌の企画編集を行うチームSAMOA主宰。構成した近著は「疲れない身体の作り方」(小笠原清基著)、「精神科医が教える『うつ』を自分で治す本」(宮島賢也著)、ほか。書籍外では、企業広報誌、ウェブサイト等に健康情報連載。

第31回 栄養療法・緩和医療普及の礎を担う
藤田保健衛生大学医学部外科・緩和医療学講座教授 東口髙志先生インタビュー Vol.1

はじめに

 東口髙志先生は緩和医療学、代謝・栄養学、外科学がご専門で、患者の栄養管理を行なう栄養サポートチーム(NST)を先駆して起動し、全国に広める活動のほか、日本静脈経腸栄養学会の理事長を筆頭に日本緩和医療学会など多数の学会等で理事を兼務されています。
 新しい介護食品「スマイルケア食」制定や診療報酬改定など、国や各行政機関への事業協力もされていて、その活動は国内に留まりません。もちろん教授を務める藤田保健衛生大学医学部外科・緩和医療学講座で、栄養療法・緩和医療の研究と後進の教育に当たる上、本院(愛知県豊明市)含め3つの系列病院(三重県津市、松阪市)等での臨床に携わりながら、です。
 そうしたご自身のあらゆる活動や取り組みのすべては、「誰もがいきいきと生き、幸せに天寿を全うされるよう、そのサポートのため。そして国の医療・介護制度、その財政が維持継続されるよう、適切、公平な医療が普及するため」と話します。
 席が温まる暇なく東奔西走する東口先生にお話をうかがう機会を得ました。「食べること」について考え、困っている人を支えるときのベースとなるお話がうかがえたので、3回連続でご紹介します。今回は、東口先生の多様な取り組みの根底にある「栄養」についてのお考えをうかがった内容をまとめます。

すべての人の生きるエネルギー
「栄養管理」は医療の基盤

 現在、この地球上に生きるすべての人に等しく、最も大切なものは「栄養」と東口先生は断言します。糖やアミノ酸、たんぱく質、脂肪などを体内にとり込み、代謝して、活力とする「栄養」は、限りある生命を形どるもの、そのもので、人が現在の生存環境の中で幸せであるためのエネルギーだというのです。
 そのため、「栄養が不足する」「栄養管理を受けることができない」状態は、人として最悪な状態といえ、「本来、人の幸せに寄与する医療の基盤には『栄養管理』があるべき」と強調します。
 東口先生がこうした考えに至る出発点は、医師となった1981年にさかのぼります。
 三重大学医学部で肝臓疾患の外科治療に携わる中、術後の経過のよしあしと栄養状態の関係性を見出し、肝再生(手術で切除し、小さくなった肝臓が、再生すること)に必要な栄養(主にアミノ酸)の研究を行なって、栄養管理の重要性と付加価値の大きさを確かめたと話します。

「同じ手術を行なっても、予後のよい人と、わるい人がいるのはなぜか。目の前の患者さんを亡くしたくない一心で診ていて、早晩、栄養の大切さに気づきました。
 では肝臓の再生を促進するためにはどういった栄養素が必要なのか。その研究で『分岐鎖アミノ酸』の価値と、栄養が消化管を通って供給される(経口または胃ろうで栄養をとる)ことの大切さを確かめたのです。そして、術後のみならず周術期全体(術前から術後まで)で栄養状態がよいことが、付加価値を高めることに考え至りました。
 付加価値とは、栄養管理さえしっかりとなされていれば『肝再生が促進し、早く退院し、日常生活に復帰できる』ということだけでなく、『従来の医療の限界を超えた最先端治療にトライできる(疾病部位を完全に取り去る手術ができる、従来なら高齢者には耐えられないと考えられた先進治療が施せる)』ことです。
 これは肝臓疾患に限ってのことではありません。膵臓疾患などでも検証しましたが、あらゆる病気の治療・予後に、栄養状態のよしあしが影響します」。

 筆者にも分かるよう、平易な言葉で説明してくださった東口先生。お話は続きます。

「そこで、アメリカ留学から帰った後に勤務した鈴鹿中央総合病院では、周術期だけでなくあらゆる疾患に対応し、すべての入院患者さんへの栄養管理を実現するために、日本初の病院全科を診る栄養サポートチーム(以下、NST)をつくりました。
 1998年のことで、アメリカで行なわれていた完全な専従タイプではなく、各科から1人ずつ参加し、多職種で組織する兼業・兼務タイプの「持ち寄りパーティ方式(Potluck Party Method:PPM)」のNSTです。
 なぜそのタイプがよかったかは理由があります。それまで病院では全科・多職種協働の機会はなく、ほとんどの患者さんの体重管理、栄養管理はなされていなかったので、アメリカ型の一部のスタッフだけでなく、病院の全スタッフに新たな教育と意識改革が必要だったのです。
 当時、わが国ではチーム医療という言葉さえなく、国内では前例のない取り組みでしたので、やむを得ません。おそらく1990年代も、まだ多くの病院では体重管理も、必須カロリー計算もしていなかったと思われます。
 全スタッフに教育が必要とはいえ、銘々が日々の業務を行ないながら、患者さん全員個々に栄養管理を行なうのでは時間がかかり過ぎます。1日も早く全スタッフがNSTの意義を理解し、情報を共有するには、各科から『持ち寄りパーティ方式』が何より。NSTのメンバーが科に戻ると、科のスタッフを率いて患者さんの栄養管理を担えるのですから。
 翌1999年にはNSTを導入した結果を検証する論文を日本静脈経腸栄養学会誌に発表し、2001年にはNSTを全国に広めるべくガイドラインを発表しました」。

 1999年発表の論文は、大変重要なことが述べられていたようです。それは、NST導入によって患者の予後(術後の経過)が良好で、在院日数が減るなど『患者にとってのメリット』に加え、年間1億4000万円の収益アップにつながったという『病院経営にとってのメリット』も示されていたことです。
「医療者がお金の話をするな」といった声もあったそうですが、東口先生は将来的に病院の収益増につながるという点は、国にとっては無駄な医療費削減に通じ、大変重要なことだと考えて発表し、「患者と病院、医療財政すべてに利益をもたらすNSTを全国に広げることが、多くの人の幸せにつながること」と確信し、ガイドライン発表に至ったということです。
 同時に、大きな視野で「周術期」をとらえたとき、病気になる以前と退院後(在宅)での栄養管理も重要だという発想で、病院でNSTを立ち上げるとほぼ時期を同じくして在宅医療と在宅向けNST(地域一体型NST)も稼働させました。

「ベースとして栄養状態がいい人は、病気になっても短期間で治療を終え、日常生活に戻ることができます。その幸せを普及するためには学会でNSTの普及活動に取り組み、働く人を育て、守る必要があったし、病院からNSTを外に出す必要がありました。
『病院こそが栄養障害のモト(入院すると痩せる)』などとは言わせない。1人でも多くの患者さんにいきいきと生き、幸せに天寿を全うしてもらいたい。
 僕が在宅医療に関わる中で感じた『いきいき生きて、あまり病まずに、畳の上で死にたい』というシンプルな願いを叶えるサポートをするには社会全体でNSTが機能する必要がありました」。

 先駆的な取り組みは、今まさに各地で始動してきた地域包括ケアにつながっています。
 東口先生のその後のさまざまな活動や取り組みは、肝再生研究やNSTの立ち上げから脈々と続く流れの中で枝葉が増えるように広がったものだそう。その根底の「本来、人の幸せに寄与する医療の基盤には『栄養管理』があるべき」という信念は太い幹のように貫かれてきました。
 そして、「食べるための“胃ろう”」を導入したのも東口先生でした。

「2001年に発表したNSTガイドラインにも『経口栄養が最高の栄養療法であり、最終目的である』と明記しました。これは生物としての人間の構造からいっても真理です。
 口から食べ、消化管を経て、排出するまでのどこかが壊れてしまったら、生命の終わりがやってくる。医療の根本は、栄養管理と、生体構造や機能が壊れないように手当てすること。しかし、いずれ誰にも必ず終わりはきます。
 医療者は、患者さんが経口栄養を再開し、治るために、食べてもらう努力をしながら胃ろうを使う。患者さんにとって経鼻栄養は苦しく、口腔環境や摂食嚥下機能を悪化させるので、胃ろうで予防し、栄養確保をするのです。
 一方、生命の終わりが近づき、医療が患者さんの幸せに寄与することができなくなったら、栄養療法のギアチェンジをすることも必要になるので、患者さんやご家族と十分にコミュニケーションしながらギアを変えるときも判断する。患者さんのために全過程を安全に、倫理的に、科学的に行なうのが医療の担うべき栄養管理。高い専門性を要す仕事なので、NSTがなくてはならないのです」。

 東口先生のお話をうかがって、栄養療法の真価を知ると共に、自分の栄養、体の大切さ・ありがたさ、限りある生命の輝きを思いました。
 次回も引き続き、東口先生のインタビュー続編を掲載します。

プロフィール
●東口髙志(ひがしぐちたかし) 藤田保健衛生大学医学部外科・緩和医療学講座教授。日本静脈経腸栄養学会理事長、アジア静脈経腸栄養学会理事長、日本緩和医療学会理事、日本栄養療法推進協議会理事、日本外科代謝栄養学会評議員、日本外科学会代議員、日本死の臨床研究会世話人ほか。1981年三重大学医学部卒業、三重大学医学部第1外科入局、1987年三重大学大学院医学研究科修了、医学博士取得。1990年米国シンシナティ大学医学部外科勤務、1994年三重大学医学部第1外科講師、1996年鈴鹿中央総合病院外科医長、2000年尾鷲総合病院外科・手術室部長、2003年尾鷲総合病院副院長・外科部長。同2003年より現職。代謝・栄養学を駆使した精神(こころ)にも身体(からだ)にも優しい緩和ケアの普及に取り組み、後進の育成、国境を越えた医療連携の推進等にも尽力。