【キャリアアップの方法】思いもよらぬ配置転換に、自法人でキャリアアップは望めないと心配な日々です。
Q 【キャリアアップの方法】 思いもよらぬ配置転換に、自法人でキャリアアップは望めないと心配な日々です。
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もっと詳しい状況
特別養護老人ホームでユニットリーダーをしている佐藤といいます。介護福祉士です。私の所属するA法人は関東圏内に多くの事業所を有する大きな法人です。
おかげさまで入職して8年目となりました。私のキャリアを振り返ると、東京の本部に隣接する特別養護老人ホームで3年、同じ敷地内の老人保健施設で3年、再び特別養護老人ホームに戻りまして、今のポジションに昇任しました。最近は人材育成や施設の運営に関わる仕事も任され、管理職もなかなか面白いと思っています。入職当初は介護職を極めたいと思っていましたが、法人運営の仕事にも魅力を感じるようになりました。上司との面談でも、そのことを話したばかりです。
ところがです。先週本部に呼ばれまして、4月から、北関東の人口1万人の田舎町にあるデイサービスセンターに異動を命ぜられました。センター長という管理職のポジションをいただいたことは正直嬉しかったです。でも、なんでまたそのような田舎に行かねばならないのかモヤモヤしています。私としては、これまで通り、本部周辺でずっと仕事をして、そのまま昇進できればと思っていました。
もしかして、これって左遷なのでしょうか?私が法人本部で仕事をしたいという夢は断たれるのでしょうか?なんだか不安になってきました。
A これまでと異なる環境で仕事をすること(越境学習)はキャリアップに必要なプロセスです。今回の配置転換を越境学習と捉え、ポジティブに受け止めましょう。
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【ポイント】
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- ●これまでと異なる環境で仕事をすることを越境学習といいます。
- ●越境学習は新たな気づきを促し、キャリア開発に良い影響を与えます。
- ●現場で仕事をすること自体を学びと捉え、経験を学びに変えるノウハウを身につけます。
私たちは現場で経験から学んでいる
学ぶというと学校をイメージする人が多いと思います。けあサポの読者の多くは、介護や福祉の現場で仕事をされている専門職と思われます。ですので、法人が開催する勉強会のほか、職能団体や行政が開催する研修会や講習会などに足を運ばれていることでしょう。
ところが私たち専門職は、実際は、現場で学んで成長しているのです。現場で仕事をすること自体を学びと捉えてみましょう。
ここで70/20/10の法則とよばれる海外の調査を紹介します。これは経営幹部を対象に成長に役立ったことは何かを尋ねた調査で、70%が経験、20%が他者からのフィードバック、10%が研修会等の公の学習方法でした。
介護の現場で言い換えれば、成長の70%は専門職や管理職として現場経験、20%は職場における上司や同僚からのフィードバック、つまり90%は現場で学んでいるというわけです。筆者はしがない町医者ですが、医学界では「教科書は患者さん」「患者さんから学ぶ」などとよく言われます。まさに診療を続けることでスキルアップしていくのです。
越境学習とは
いつも仕事している職場を離れて、別の環境で働いたり体験することを越境学習といいます。別の環境で仕事をすると、様々な気づきと多くの学びが得られるからです。
佐藤さんのように左遷ではないかと心配するような異動は、越境学習の絶好の機会です。一方で、自施設内の部署の異動も狭義の意味で越境学習といえます。他法人に武者修行に行くことや、海外留学は、越境学習のわかりやすい例えです。
慣れ親しんだ職場で働くのは楽しくストレスも少ないですが、異なる環境に身を置くと居心地が悪いものです。サッカーのホーム&アウェーに例えれば、越境学習はアウェーの状態だからです。
アウェーで違和感を感じたら、前職場は良かったなどと後ろ向きにはならずに、何が今までと違うのか、冷静に客観的に言語化してみましょう。
具体的には、気づいたことことをメモする作業が大切です。これまでの仕事の意味がわかったり、新しいアイデアが生まれたり、外から眺めることで異なる本部の姿が見えてきたり、沢山の学びが得られることでしょう。
越境学習の体験
筆者が医者になって4年目のことです。大学病院からの派遣で、東北地方の小さな病院で2年間内科医として仕事をしました。人口1万人の農村地帯で、過疎化が進んでいました。
25年前の話ですが、高齢化率は現在の日本の数値のようでした。医療機関はその病院ひとつしかありません。赤ちゃんから高齢者まで診るので、内科だけでなく、小児科から外科や整形外科的なスキルまで身につけなければなりませんでした。
介護保険が始まる前でしたが、病院に通院できない人達がいるので在宅医療も行い、併設された特別養護老人ホームと老人保健施設を任されることもありました。
まさに、ひとり四役の勢いで地域医療に従事しました。スキルアップはもちろんのこと、こういった経験をすることで大きく視野が広がりました。気がつけば、目の前の患者さんの病気だけでなく、ご家族のこと、生活のこと、学校のこと、地域のこと、制度のことまで考えて診療するようになっていました。
人口1万人の町にはどういう医療機関と介護施設、どういう役割を果たす医者がいればいいのか、などと考えるようになっていました。
大学病院にずっといたら歯車の一部として小さな専門的な視点で仕事をして、自分の立ち位置するわからなかったことでしょう。東北での2年間は、振り返ってみれば、医者としてもっとも成長した時期でした。
越境学習とキャリア
仕事をしていること自体が学びだという考え方は、状況的学習論と呼ばれる理論に基づいています。なかでも正統的周辺参加という理論を知ると腑に落ちます。
誰でも最初は雑用しかやらせてもらえませんが、徐々に仕事を任されて、数年もすると職場の中心的な存在に成長していきます。周辺的な仕事から中心的な仕事へと移行していくという意味で、正統的周辺参加と呼ばれています。キャリアアップを考えた時、まさにこれは、佐藤さんが本部に隣接する施設群で辿った道といえます。
そして越境学習という考え方もまた、正統的周辺参加の理論の中で論じられており、成長やキャリアップのための大事なプロセスとされています。越境もまた周辺と考えてみると、本流への道筋が何かあるものです。佐藤さんの場合、越境することで本部への道筋が開けてくることでしょう。筆者の恩師の五十嵐正紘は「傍流から本流が生まれる」とよく語っていました。
筆者自身を振り返れば、東北での2年間が、地元の栃木県下野市にひとつもなかった在宅療養支援診療所を開業する至った大事なプロセスだったと思います。東日本大震災で被災し、介護や福祉の人材育成に関わろうと思って日本社会事業大学に着任したことも、東北で特別養護老人ホームや老人保健施設の仕事をしたことが始まりでしょう。医者4年目に迎えた越境学習はその後の筆者のキャリアに大きく影響しています。
経験を学びに変える
越境学習から学べることは、人によってそれぞれ異なります。これは大事なことで、誰もがその場所に行けば同じような学びを得られるわけではありません。時代もあるでしょうし、文脈もあるでしょう。
だから私たちは、経験したことを学びに変えるノウハウを身につける必要があります。最後に紹介するのが経験学習モデルで、このサイクルを現場で回せると良いでしょう。
経験学習モデルは4つのステップから成ります。
第1ステップ:経験
第1のステップは日々の実践から「これだ!」という経験が選ぶことです。学びのきっかけとなる経験は、感情と深く関係しています。イラついたこと、怒ったこと、うれしかったこと、そのような経験を書き留めましょう。これまでに経験したことのない問題に直面した時、私たちは心を揺さぶられるものです。
第2ステップ:省察
第2のステップが省察です。この連載ですべての執筆者が大切にしている行為です。自分の行動を振り返り、良かったのか悪かったのか立ち止まって考えることです。
第3ステップ:概念化
第3のステップは省察を踏まえ、概念化といってマイセオリーを紡ぎだす作業です。文献や類推経験と今回の経験を照らし合わせ深く考えることで絞り出てくるものです。
第4ステップ:実践
第4のステップは、見つけ出したその方法で実践してみることです。うまくいかなければ、2週目のサイクルを回していきます。
経験学習モデルを回していくには、対話が重要で、ひとりでは困難なことも多々あります。日本社会事業大学専門職大学院では、実践力を磨きマネジメント力を向上させるため、省察することをカリキュラムの中核に据えています。
ひと言でいえば、経験学習モデルを体現できるような人材の育成を目指しています。今回で本連載は終了となりますが、もっと詳しく学びたい方は、「現場で役立つ介護・福祉リーダーのためのチームマネジメント」を参考にしてみてください。
佐藤さんがどんな風に成長していくのか、楽しみなところです。
この記事は私が書きました
鶴岡浩樹(つるおか こうき)
日本社会事業大学専門職大学院教授
つるかめ診療所副所長
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著者:井上由起子、鶴岡浩樹、宮島渡、村田麻起子
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