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私はこうして合格しました!

国家試験を突破して精神保健福祉士の資格を取得した合格者の皆さんに、合格までの道のりをご紹介いただきます。効果的な勉強法や忙しいなかでの時間のつくり方、実際に資格を手にして思うことなど、受験者が参考にしたい話が満載です。

第36回 U.Nさん

平成22年度試験合格

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プロフィール

 D大学文学部卒。S県出身。小学校の先生になりたくて、大学で教職課程を履修した後、教員免許を目指して毎年教員資格認定試験を受験したが合格は叶わず。原因の一つが高校のときに生じた精神的なエピソードに辿れた。家庭内で暴れ、怖くなった母親が交番に助けを求める事態だった。精神科で受けた診断は統合失調性感情障害。薬がよく効き、以後の生活に支障は来さなかったが、不定期に精神的な不調は訪れ、薬も手放せなかった。教員試験の不振は、人間関係面の難しさ、緊張の強さ、情緒の不安定さが影響していた。アルバイトをしながら4年間挑戦を続けたが、あきらめと疲労も感じて断念。そして自分自身の状態についてもっとよく知りたいと調べるうちに、精神保健福祉士の資格を知った。将来の仕事にする可能性半分とみて、専門学校の精神保健福祉課程に入学。翌年の試験(平成22年度試験)に無事合格し、自宅最寄りに求人が出ていたNPO法人立の地域活動支援センターに就職した。しかし、勤め続けることに苦しさを感じ、1年後に退職。その後は主に家で過ごし、約2年経つ。趣味は1日2時間と決めているテレビゲーム。1日が終わって寝る前の安らげる時間がいちばん好き。きらいなのは、争っているような声、大きな音。「続けることを目標にしないほうがよいと思えるようになったのは、経験の賜物と思っています。あせるのもなしです」と見出したスタイルへの確信をのぞかせる33歳。

受験の動機

 Yさん(このコーナーの編集担当さん)と初めてお会いしたのは、3年前の「リカバリー全国フォーラム」でした。当時、私は地活(地域活動支援センター)で働いていて、その翌年に退職しました。退職から2年も経って、突然Yさんから携帯に電話をもらってびっくりしました。聞けば、精神保健福祉士の試験に合格した人としてコーナーに登場いただきたいとのこと。私は現在仕事をしていないので、資格を活かしているとは言えそうにありませんが、試験勉強はまじめにやったほうで、その経験ならいくらかお話しできるかもしれないと思い、お受けしました。

 私は統合失調症領域の病気があって、高校3年のときから服薬を続けていますが、そのことは身内以外知りません。人に話してもいません。ふつうに生活しているぶんには周囲にはわからない程度だと思います。人の話し声が聞こえ過ぎてイライラしたり、時々気分がふさいだり苦しくなったり、食欲がコントロールしづらかったりなどはあって、自覚的につらい面はあるので、症状が軽いのかどうかはよくわかりません。

 教員免許にチャレンジして何度も落ちているのは無関係ではなかったと思います。コミュニケーションの部分にあまり好ましくない特徴を見出されていたかもしれません。交友関係もそれほどなくて、友達はできても長続きしないほうでした。

 そういう自分の病気の部分をよく知りたいと思ったのが、精神保健福祉士を取ろうと思ったいちばんの動機です。ふつうに仕事をするのは難しいかもしれないと思い始めた時期でもありました。

学校に通えるのがうれしかった

 小学校の先生になりたかったのは、やさしかった担任の先生やいっぱいいた友達との思い出など、楽しい記憶がかなり影響していると思います。学校に行くのも好きでした。

 ですから、精神保健福祉士の資格を目指すとなったとき、また学校に通って勉強する生活を想像して、なんだかうきうきしました。病気はありましたが、学校で授業を受ける生活そのものに不安はなく、通学コースを選びました。教職を目指していたときは続けていたアルバイトも辞めていたので、時間はありました。

 専門学校は90分の授業が1日3~4コマ入っていて、それが月曜から金曜の週5日。ほぼ勉強一色の毎日になりました。とにかく科目数が多いのと、わからないことだらけで授業中はよく眠くなりました。興味があって授業にも身が入ったのは、やはり精神医学です。自分のことと重ね合わせたりもしながら、いろいろある病気の症状や薬の知識なども学んでいきました。対して共通科目の社会保障や保健医療サービスなど、制度的な内容はとっつきにくく、どういうところから勉強したらよいのかもよくわからないありさまでした。試験対策でも最後まで苦労したところです。

 周りとの人間関係は思っていたより、ずっとスムーズでした。社会人が多くて、雰囲気も和気藹々としていて、ことさらに自分のことを話さなくていいのが楽でした。飲み会なども声をかけあって、よく集まっているようでした。私は薬を飲んでいるためアルコール類はだめなのと、居酒屋とかの騒ぎ声の中では体調が悪くなるので、毎回お断りしていたのですが、それで居づらさを感じるようなこともありませんでした。

対策本は過去問とワークブック

 受験対策としては、過去問やワークブックを購入して、問題を解く形式の勉強を中心に行いました。過去問は中央法規さんの『精神保健福祉士国家試験過去問解説集』、ワークブックも同じく中央法規さんの『精神保健福祉士国家試験受験ワークブック[専門科目編]』、『社会福祉士・精神保健福祉士国家試験受験ワークブック[共通科目編]』です。

 学校ではけっこうな頻度で学力テスト、小テストを行っていましたし、科目ごとのテキストも充実していたので、新しく別の教材を手に入れる必要というのは特に感じませんでした。過去問とワークブックを買ったのも、学校の先生や周囲からの情報によるものです。といっても、受験勉強の後半はワークブックで自分の学習状況を確認していて、今振り返ってみると頼りにしている面は大きかったと思います。

朝方で計画的に、要領も工夫して

 勉強をする時間は、基本的に朝でした。自宅から学校まで1時間少しかかり、朝にまとまった時間は確保しづらいのですが、学校から帰ってきてからは疲れてしまって勉強する気になれませんでした。また、夕方を過ぎて気分がすぐれなくなる傾向が少しあるため、勉強をする時間帯として適当でもありませんでした。

 スタイルとしては、朝に1時間から1時間半、あらかじめ決めておいた勉強をして、それを毎日重ねていく形です。夏までは、主に学校の授業で習ったことの復習や科目全体の雰囲気をつかむことに充て、10月あたりの小テストが増えてくる時期から科目一つずつをじっくり学習するようにしました。1科目あたり4~5日くらいの期間をとって、その期間はその科目だけに集中して詳しくなるようにしたと思います。

 12月の段階で、専門科目はだいたい手応えをもてる仕上がりになっていたと思います。共通科目は、科目ごとに内容がずいぶん違っていて、おまけに範囲も広いので、勉強するほどに不安になりました。過去問を見て統計や時事的な情報が問われている問題など、出題によってはまず取れそうにないと思ったものは途中から目をつむることにしました。その1点、2点を取るための努力は並大抵のものではないことが想像できたからです。苦手意識をもっている科目ほど、楽なものに目を向けるようにしていたと思いますが、これは自分の気持ちを守るための防衛でもあったと思います。

抜群の手応えで走りきった

 試験本番へと至る道は、何もないくらい順調でした。薬は服用していますが、生活にほとんど支障がないのははじめにお話ししたとおりで、強いて言えば、ストレスが出てきたときに過食が強まって太ってしまったのと(もともと太り気味ですが)、一度、過敏になって眠れない時期が2週間ほど続いたことくらいです。勉強をするのが、というよりむしろ、勉強している自分が好きなのもうまくいった要因かもしれません。

 試験は初日の専門科目がほぼパーフェクト。自己採点で9割を超えていました。翌日の共通科目もよくて、7割の得点は確信できる出来栄えでした。

 そして無事に合格。もちろん、やったと思ったのですが、もう学校に行くことはないのだと思って、急にさびしくなったのを覚えています。

 当時、教員免許を完全にあきらめていたわけではなく、ある部分ではこのことを見ないで済むために精神保健福祉士の資格を目指す自分をあえてつくったということがいえると思います。だから、精神保健福祉士として働くことをしっかり考えていたわけではありませんでした。ただ、専門学校では就職案内のパンフレットなどそれなりに情報があって、刺激を受け続けていたこと。また、たまたま自宅の近くに求人を出している事業所があって、勢いで就職試験を受けたらその翌日、来てほしいと言われ、トントン拍子に話が進んで入職することになりました。急展開ではあったのですが、求められて行くことに心地よさと、希望みたいなものが感じられたのが心を決めた理由でした。

できることを探していきたい

 私は現在、仕事はせずに家で過ごしています。地活に就職して間もなく、体調の不良が表に出ました。朝起きられなくなり、無断欠勤を数回くり返し、所長にかなり強く怒られ、その後の勤務でスタッフとトラブルになりました。この顛末は、私自身の全面的な非として幕を下ろしています。

 自分の病気のことはこれまでどおり、職場には明かしていませんでした。明かせば評価は修正されたかもしれませんが、私に対する見方は別のほうに修正されていました。精神障害当事者としての一面をもつ自分が、精神障害に対する偏見はあるはずはないと思いつつも、実習先の精神科病院で目にした人たちと同じかといったらそうではないだろうと思う自分もいます。

 精神疾患という病気は、一定であること、それを保つことが難しい病気です。脆弱性という言葉でも表現されるように、ストレスにも強くないと思います。その特性そのものと真っ向から立ち向かって、何かをし続けることを目的にしてそれができなかったらダメというのはナンセンスと思います。

 何にしても続けることを絶対の目的にしない、それだけを成功視しない。そして、無理をしない、あせらない。そんなモットーで、この世の中で自分ができることを探していきたいと思っています。

 最後に。私を認めてくれる両親に感謝しています。